熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
「今だから話せる」「すでに結婚。1歳の息子が」20代前半で“8カ月無収入”に「本当にひどい扱いを」妻も同情…Jリーグ最強級ブラジル人MFの引退危機
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沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byMasashi Hara/Getty Images
posted2026/03/12 17:00
アルビレックス新潟を皮切りにJ各クラブで活躍したレオ・シルバ。今は何をしているのだろうか
「行く前は、日本について何も知らなかった。でも、新幹線や列車に乗って移動して、交通機関が素晴らしく発達していること、人々がとても親切であること、そしてフットボールの人気が高いことに感銘を受けた。練習で故障してしまい、残念ながら試合には出場できなかったけど、チームの優勝を見届けた」
――2004年後半、同州の小クラブ、イパチンガへ期限付き移籍。2005年3月、19歳にしてコパ・ド・ブラジルの試合で初出場します。
「クルゼイロは強豪クラブだけあって、優秀な選手が揃っていた。出場機会を求めて移った。ピッチに立ったのは試合終了間際だったけれど嬉しかった。この年、結婚した。相手は僕と同じサンルイスの出身で、4歳年上だった」
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――しかし20歳でクルゼイロ復帰以降は出場期間が限られました(06年20試合2得点、07年16試合0得点、08年11試合0得点)。2009年にリオの古豪ボタフォゴへ移籍し、41試合に出場しています。
「その年の前半はレギュラーとしてプレーしていた。しかし、後半はコンディションが低下し、出場時間が激減した。そこからクルゼイロへ戻ったんだけど、すでに話したようなことが起きて、所属クラブがなくなった」
無所属となって目が覚めたんだ
――この極めて困難な時期を乗り越え、2009年8月、グアラチンゲタへ入団した。
「ここから僕のキャリアは一変した。そして、2011年に2部だったけど試合に出続けた(49試合で2得点、プレー時間は4331分)ことが大きな自信となった」
――2012年1月に入団したポルトゲーザでは、全大会通じて59試合出場5得点3アシスト。プレータイムはキャリア最長の4742分。全くの別人となった!
「所属クラブがなくなったことで、目が覚めた。この時期があったお陰で、その後の自分がある」
24歳にして危うく潰えかけたキャリアに、再び灯がともった。選手として完全に生まれ変わり、26歳にしてブラジル1部で輝きを放った。
そんな男に注目した外国のフットボール関係者があった。熱帯生まれのエネルギッシュなボランチを欲したのは地球の反対側、それも雪国の、Jリーグでの飛躍を期するクラブだった。〈つづく〉

