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平野歩夢が語っていた“競技への恐怖心”「自分のやっていることが怖い」7m落下の大ケガから復活“本当のスゴさ”…ミラノ五輪で最後に挑んだ“特別なエア” 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byNanae Suzuki/JMPA

posted2026/02/15 06:02

平野歩夢が語っていた“競技への恐怖心”「自分のやっていることが怖い」7m落下の大ケガから復活“本当のスゴさ”…ミラノ五輪で最後に挑んだ“特別なエア”<Number Web> photograph by Nanae Suzuki/JMPA

直前の大ケガを乗り越え、ミラノ五輪の舞台に立った平野歩夢。競技後に笑顔を浮かべていた

7mの高さから落下…万全にはほど遠かった

 文字通り、五輪に出場できるかどうかもわからない状況を乗り越えて迎えた試合だった。

 オリンピック前、最後の試合となった1月17日のワールドカップで7mほどの高さから落下。激しい転倒により、顔や下半身を強く打ちつけた。

 鼻と口からの流血をはじめ大きなダメージであったことを思わせたが、診断の内容がそれを裏付けた。骨盤の右腸骨など2カ所を骨折するなどして、出場それ自体の危機に立たされた。

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 それでも出場を決意する。

 万全にはほど遠い。その中で迎えた予選で7位となり、決勝に進む。

「奇跡的。自分でもびっくりです」

 そう語るのは当然だった。

 迎えた決勝で、さらに挑む姿勢とともに、高いパフォーマンスを披露してみせたのである。

「生きててよかったな」

「まあでもほんとう、生きててよかったなって。ここで初めてやるトリックとかも出して最後挑んでたので、無事に怪我なく、こうやって体が無事に戻ってきてというか、それはすごい自分の中でほっとするところはあるので、生きててよかったなっていう気持ちに今なれているようなところはありますね」

 率直に思いを言葉にした平野は、こうも語っている。

「ほんとうにいろいろ自分のすべてがチャレンジでしかないような、そういう決勝3本だったので、ほんとうに生きるか死ぬかみたいなそういう気持ちはどこかに覚悟して持って、挑んだつもりだったんですけど」

 生きるか死ぬか――それもまた文字通りの思いであっただろう。

 そして、この試合へ臨むにあたってだけの心持ちではない。いつも、生命を賭して取り組む覚悟があった。

「自分のやっていることが怖い」語っていた胸中

 2018年の平昌五輪で銀メダルを獲得した2日後、当地で平野が話した中に印象的な言葉がある。

「自分でも自分のやっていることが怖いというか、そういう気持ちでやっています。命懸けですから」

「やるときは命懸けだなと思っている」

 命懸け、という言葉を繰り返したのだ。

 平野は2017年にも大怪我を負っている。USオープンでリップに叩きつけられた。左膝靱帯損傷と肝臓を損傷し、肝臓の損傷はあと1cm打ち所がずれていたら、生命の危機に及ぶという怪我だった。

 それを乗り越えて平昌があり、今回もまた、大怪我を乗り越えてミラノ・コルティナがあった。

【次ページ】 平野が作った“史上初”が、当たり前になっていく

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