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國母和宏「反省してま~す」事件はなぜ起きたのか…本人が明かした16年前の“腰パン・スキャンダル”のウラ側「プロスノーボーダーとして行ったから…」
text by

中村計Kei Nakamura
photograph byJMPA
posted2026/02/14 17:17
2010年のバンクーバー五輪スノーボード・ハーフパイプに出場した國母和宏。出国時の服装を巡って日本中からバッシングが巻き起こった
スノーボーダーがプロとして生きる道には、2つある。大会に出場し賞金を得るか、バックカントリーと呼ばれる大自然を滑走する姿を映像に収め「ムービースター」になるかだ。勝負か、表現か。スポーツか、芸術か。はたまた規定か、自由か。
北海道出身の國母がスノーボードを始めたのは4歳のときだ。
家から車で30分の距離にあった小樽のスキー場「スノークルーズオーンズ」にほぼ毎晩、父親に連れて行ってもらい、夜11時まで滑っていたという。
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「時間ギリギリまで滑って、車ん中でご飯食べながら寝ちゃうみたいな。仲間と、『ここにジャンプ台をつくろうよ』とか言いながら、滑るのが楽しかった」
國母の原風景である。小学校の高学年になると、採点種目のハーフパイプ競技に本格的に参加するようになった。そして14歳のとき世界最高峰のUSオープンで大人と渡り合い2位に入る。「カズ」の名は、衝撃とともに世界中に知れ渡った。10代後半からは、ビデオにも出演するようになり、以降、しばらくは競技とフリーライディングという二足の草鞋をはき続けた。
國母の運命を変えた「あのとき」の出来事
そこにこそ國母の価値があるのだと、國母のスノーボード仲間で17歳上の石川健二は力説する。
「2つの分野を、あれだけ極めた選手は世界でもそうはいない。アメリカ、ヨーロッパで彼の人気はすごいですから。パイプってちょっと離れると、滑れなくなっちゃうんですよ。感覚を忘れてしまうので。これだけの選手は今後日本では出てこないと思いますよ。なんで日本のメディアは彼のことをもっと取り上げないんですかね。やっぱり、あのときのことがまだあるのかなと思っちゃいますよね……」
正直に告白すれば、私の國母に対する印象も「あのとき」のままだった。
<次回へつづく>

