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「全員30オーバーだぞ」主将にケツを叩かれた1年目…27歳でブンデス電撃移籍DF安藤智哉の激動人生「理想は闘莉王さんと中澤さん」の深い理由
posted2026/02/04 11:01
GK早川史哉(左)と同様に昨夏のE-1選手権でチャンスを掴んだ安藤智哉。ブンデス移籍も実現し、W杯に向けてさらなる成長を誓った
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
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JFA/AFLO
「甘さ」を痛感したFC今治時代
――愛知学院大から当時J3のFC今治でプロのキャリアをスタート。J2大分トリニータ、J1アビスパ福岡を経て、今年1月に目標だった欧州5大リーグの一つであるブンデスリーガに足を踏み入れました。改めてキャリアを振り返った時、転機はどこだと思いますか。
安藤智哉(以下、安藤)自分の甘さを痛感したのはFC今治での1年目ですね。プロになれたことで満足してしまい、徐々に試合に絡めなくなって、ベンチ外が続くようになりました。当時はメンバー選考の結果に一喜一憂して、精神的に不安定でした。
――シーズン中盤から出場機会を掴み、1年目のリーグ戦出場は15試合のうちスタメンは11試合。どうやって状況を打破していったのでしょうか。
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安藤 当時キャプテンだった楠美圭史さんの言葉は大きかったですね。「スタメンのDFライン、全員30オーバーのベテランだぞ」とケツを叩いてもらいましたし、あと試合に出られるかどうかではなく「まずは小さな目標を立てろ」とアドバイスをもらったんです。それがすごく腑に落ちて、そこから一喜一憂することは減っていったと思います。
――練習や自分との向き合い方が変わった?
安藤 当時は同期とつるむことが多くて、それはそれで居心地がよかったんですが、それだと成長できないな、と。あと、早くに目をつけてもらった強化部の方にも本当に厳しく指導してもらって、よく発破をかけてもらいました。
――「プロの世界の厳しさを叩き込まれた2年間」が今の安藤選手を作っている。
安藤 そう思います。主力に定着し始めてから強化部の方に「日頃の積み重ねが実ったな」と褒めてもらったんです。ずっと“ムチ”ばかりだったので、嬉しかったですね。(J2の)大分への移籍が決まった時も「ステップアップしてくれたことが本当に嬉しい」と言ってもらえて。数少ない“アメ”でしたね。
――その後、大分での2年間を経てJ1福岡にステップアップ。
安藤 今治での時間が強烈だったので、正直カテゴリーが上がって厳しさが増してもそれが緩く感じられるほどでした。U-19日本代表を経験したことも自信になっていたので、自分の力で這い上がっていけると思っていましたから、もし今治での厳しい時間がなかったら勘違いしたまま終わっていたかもしれません。

