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「前が止まって見えました」箱根駅伝9区で“驚愕の区間新”「うちに来れば強くしてやる」名監督の予言…後輩が言った「あのときの篠藤さんは怖かった」
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杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byAFLO SPORT
posted2026/01/08 11:11
2008年の箱根駅伝でMVPに相当する金栗四三杯に輝いた篠藤淳(中央学院大学/当時)。その後14年にわたって9区の区間記録保持者であり続けた
9区のシミュレーションは何度も行った。コースは完璧に頭に入れ、地点ごとの通過タイムを設定。すべて足すと、81回大会に駒澤大の塩川雄也がマークした1時間08分38秒よりも速くなってしまった。何度も計算しても、答えは同じである。1時間08分30秒。最初の5kmは14分15秒で入り、10kmまでは1km2分51秒、52秒ペースで進めていく。10km以降は3分2秒、3秒程度。スタートラインに立つ前から「記録は更新するだろうな」と確信に近い予感があった。
「前の走者が止まって見えた」驚異の激走
1月3日、補員となっていた篠藤は予定通り、当日のエントリー変更で戸塚中継所へ。往路を5位で折り返し、復路は耐えしのぐ展開となった。6位で襷を受けると、ひたすら前を追う。ポイントはスタート直後の下り坂だった。最初の1kmを2分41秒で勇気を持って突っ込み、勢いに乗っていく。
「3km付近ですぐに東海大を捉えたんです。あのときは、前の背中が止まっているように見えました」
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権太坂のゆるやかな下り坂を駆け下りるフォームは独特だった。川崎監督が「忍者走法」と呼んでいた、体の上下動を防ぐために腕を振らず、だらんと下げた走り方でぐんぐんと進んだ。14km過ぎの横浜駅の手前あたりで関東学連選抜、山梨学院大を一気に抜き去り、3位まで浮上。体は面白いように動いていた。
「また、前の走者が『停車』しているようでした。俺を待ってくれたのかなって、そんな感覚でしたね」
前半のアップダウンもまったく苦にならず、後半の平坦コースでもペースはほとんど落ちなかった。沿道の距離表示を確認しつつ、左手首に巻いた腕時計に目を落とした。当時はGPSを搭載したスマートウォッチはなく、セイコーの「スーパーランナーズ」というモデルを使用し、1kmごとにボタンを押していたという。同期の白石匠から給水を受けたときに初めて、途中の区間順位を知らされた。
「『いま区間トップだから』って。前もって、白石には知らせてほしいと伝えていたんです」
横浜駅近辺は沿道の観客が多く、1kmごとに距離表示を確認できなかったものの、3km先で時計のボタンを押すと、8分56秒。1km3分を切るペースで走り、ペースはほとんど落ちていなかった。残り3km地点では川崎監督から給水を受け、最後の燃料を投入された。
「もっと上げろ。ここから行け!」

