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バレーボールPRESSBACK NUMBER
「バレーはやってほしくなかった」現役最年長45歳・松本慶彦が春高バレー戦う息子にエール…“鉄人”が明かした父の本音「甘くないからね」
text by

田中夕子Yuko Tanaka
photograph byKoyuki Matsumoto
posted2026/01/07 06:01
日本代表の活動などで「一番かわいい時期を過ごせなかった」と子育てを振り返る松本慶彦(45歳)。息子・凛虎は高校生になり、現在開催中の春高バレーに出場している
凛虎が産まれたのは2007年4月。大好きだった祖父の名から『虎』の一文字を取って名付けた。
当時、松本は26歳。Vリーグでキャリアをスタートさせてから4年目を迎える時期であっただけでなく、日本代表に初めて選出された年でもある。翌年に開催される北京五輪に向け、息つく暇もないほど合宿や試合に追われる日々。「息子が一番かわいい時期に、ほとんど一緒にいられなかった」というのも決して大げさではない。だからこそ、選手としてだけでなく父として願った。
「息子の物心がついて、父親がバレー選手だったとわかるようになるまでは絶対現役を続けたい、って思いましたね。それがまさか、こんなに長くなるとは思わなかったですけど(笑)」
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16年ぶりに男子バレーが出場権を得た北京五輪。スタンドには妻の腕に抱かれた当時1歳の息子の姿があった。松本の脳裏には今もしっかりと刻まれている。
「試合中は爆睡で、終わってから起きたんです。親父頑張ってるぞ、って思いましたよ(笑)。1歳じゃ無理ないですけど、ちょっとは見せたかった。たぶん覚えてないでしょうけど」
「同じ道は歩ませたくなかった」
日本代表の活動から離れた2014年頃から、父子で過ごす時間がようやく増え始めた。松本は堺ブレイザーズ(現・日本製鉄堺ブレイザーズ)でプレーを続けたが、少し大きくなった凛虎が最初に「やりたい」と選んだのはバレーボールではなくサッカーだったと言う。小学校のクラブ活動ではバドミントン部を希望するも、抽選に外れて選んだのは鉄道クラブ。妻・小由樹さんもかつてVリーグでプレー経験のある元バレー選手とあって周囲は期待したが、ただ両親は息子が同じ道に進むことを望んでいるわけではなかった。
「僕はどちらかといえばやってほしくない側でしたね。大変だからとかじゃなく、“松本の息子”という目で比べられるのが嫌だろうなって。僕はいいですけど、息子にとっては違うじゃないですか。同じ道は歩ませたくなかったというのが正直な気持ちでした」
そんな環境下だったものの、凛虎は運命に導かれるようにバレーボールの魅力に引き込まれていく。


