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「初年度でニューイヤー駅伝出場→最下位」も…“山の神”神野大地監督と箱根駅伝未経験ルーキーの1年間「神野さんは先輩以上、監督未満の近さ」
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佐藤俊Shun Sato
photograph byIchisei Hiramatsu
posted2026/01/02 11:05
MABPマーヴェリックで実業団1年目にしてニューイヤー駅伝出場を果たした山平怜生。神野大地監督との1年間を語った
個人では満足いく時間を過ごしていたが、チームはどうだったのか。
初めて「このままじゃダメだ」
7月のホクレン第5戦・網走大会は、チームでターゲットレースに位置づけ、合宿をして臨んだ。しかし鬼塚以外の選手は結果がついてこなかった。
「このままじゃダメだって、神野さんから厳しい言葉がありました。それはそうだなと思いましたね。でも、そこでみんな、落ち込むとかじゃなくて、逆にやってやろうみたいな感じになったんです。
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8月に長い合宿をやって、9月の北海道合宿でみんな、かなり走れるようになりました。怪我人もいなかったので、これは東日本(12位以内)いけるんじゃないかって手応えを感じることができました」
10月4日の世田谷陸上競技会は、合宿明けでコンディションが厳しい中でのレースになったが、山平を始め、木付らも自己ベストを出し、東日本実業団駅伝に向けて良い仕上がり具合を確認できた。山平は今季5000mをメインにしていたので、東日本実業団駅伝の区間配置は8km区間を想定していた。だが、神野から「信頼している」という言葉とともに13.1kmの1区に指名された。
「1区は、予想外でした。でも、練習もできていましたし、トラックでも結果を出していたので、あまり心配していなかったです。ただ、そうはいっても当日は、かなりプレッシャーを感じて、多少ビビりもありました(苦笑)。高校2年以来ですかね、1区を走るのって。
予選通過できるかどうかは、自分の1区と2区、3区までの順位で決まるなって思っていたので、自分は区間5位以内に入る必要があると考えていました。さいわい、4位で来られたのでよかったです。これがもっと遅いと、たぶん総合順位も6位より下でギリギリになっていたと思います」
予選通過に大きく貢献
山平は区間4位で2区のチェルイヨット・フェスタス・キプロノに襷を渡し、MABPが予選通過を果たす上で大きな仕事をやり遂げた。
なぜ、1年目のシーズンでこれほど順調に結果を残すことができたのか。

