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井上尚弥vsピカソ試合当日の“異変”「まさかの試合ドタキャン」拳四朗号泣会見も…現地記者が見たウラ側「ラスベガスより調整しやすい」井上尚弥の本音
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渋谷淳Jun Shibuya
photograph byNaoki Fukuda
posted2025/12/29 17:30
12月27日、井上尚弥vsアラン・ピカソ。サウジアラビア現地記者が見たウラ側
「サウジアラビアはすごく快適です。生活する上で何も問題がないし、何より時差マイナス6時間がまったく気にならない。ラスベガスよりも調整しやすいです」
宿泊は一流ホテルで、キッチン付きの広い部屋を用意された選手もいた。シェフが同行する井上にとってキッチン付きは必須である。練習場所は真新しい「マイク・タイソン・ジム」が提供され、選手たちは時間をずらして思う存分最終調整に励んだ。
また、乾いた砂交じりの空気とは対照的に、サウジアラビア人の人当たりの良さも選手やチームに不要なストレスを与えない要因となったのではないか。個人的な感想だが、サウジアラビアの人々と接して嫌な思いをすることは一度もなかった。人々が擦れていない、屈託がないのだ。もちろん1週間の滞在で会った人などたかが知れているのだが、出場選手が我々以上にていねいに扱われているのは想像に難くない。
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居心地の良さを感じる一方で、「はたして日本人選手の試合が同国で受け入れられるのか」という不安はぬぐえなかった。サウジアラビアには近年までプロボクシングを観戦するという文化がなかった。スポーツで一番人気はサッカーだという。総合娯楽庁の役人は、「リヤドシーズンでボクシングを扱うようになって、ボクシングの認知度は高まっている。影響を受けてボクサーになる若者も出てきた」と説明した。種がまかれ、芽生えが始まった段階と言えそうだ。
いずれにせよ、現地の「やる気」は十分に伝わってきた。公開練習など試合前の公式行事はブールバードシティというリヤドシーズン施設内にあるスタジオで行われたのだが、巨大な鳥居が選手入場のゲートとして設置されるなどオリジナルの作りで、いたるところを提灯や桜の造花で彩り、和のムードを演出していた。日本人の目から見ればピンボケなところはあるにせよ、井上が「かなりお金がかかってそうですね」と感想をもらしたように、資金の潤沢さはいたるところに感じられた。当初は日本側に「力士を用意してくれ」という要請もあったと耳にしたが、さすがに難しかったのだろう、力士の姿は見られなかった。
公式行事をこなす日本人選手はそれぞれが「ナイト・オブ・ザ・サムライ」を楽しんでいるように見えた。寺地はサウジアラビアの民族衣装を現地で購入して記者会見に臨み、翌日の計量ではその上にはおる新たな上着を着こんでご満悦だった。
肝心の調整も順調に思えた。大橋秀行会長が「今年4試合の中で一番いいんじゃないかな」と話す井上は絶好調に見えた。「新しい階級で勉強したい」と表現した中谷は謙虚な言葉の裏から大きな自信が伝わってきた。前座に出場する堤も今永虎雅(大橋)も冷静で、地に足がついていると感じさせた。サムライファイターたちは頼もしかった。
「まさかの試合ドタキャン」号泣会見
しかし、順調そうに見えていて、それですんなりいかないのが海外遠征の怖さというものなのだろう。計量を終えた夜、日付が変わったころに届いた一報が、風向きが変わる合図だった。

