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「我々はマクラーレン流で成し遂げた」“セナプロ”など過去の蹉跌を乗り越え「平等」徹底でダブルタイトル獲得の揺るがぬ哲学
text by

尾張正博Masahiro Owari
photograph byMcLaren RACING
posted2025/12/26 17:01
ノリスのタイトル獲得を喜ぶマクラーレンのスタッフたち
最初の挫折は80年代のことだ。1988年から89年にかけて、マクラーレンはアラン・プロストとアイルトン・セナという2人のスーパースターをそろえ、最強軍団を作った。チャンピオンシップ争いはプロストとセナの間で繰り広げられ、88年はセナが獲得。しかし、89年は2人とも譲らず、最終的にコース上で交錯するという最悪の結末を迎え、プロストが王座に就いたものの、この年限りでチームを去った。
その18年後の2007年にも、マクラーレンはドライバーの扱いにおいてコントロール不能の状態に陥った。前年王者のフェルナンド・アロンソを迎え入れたその年は、後にスーパースターとなるルイス・ハミルトンがデビューを果たしていた。2人の主導権争いはチームの不正暴露という政治的問題にも発展し、チームメート同士の関係は崩壊。フェラーリのキミ・ライコネンを加えた三つ巴の最終戦でチャンピオンシップリーダーのハミルトンと、2位のアロンソが自由にバトルした結果、選手権3位だったライコネンの優勝を許し、大逆転でタイトルを明け渡してしまった。
CEOの揺るがぬ決意
そして2025年、マクラーレンは2度の蹉跌と同じような状況に直面していた。ノリスとピアストリはともに優勝経験があり、チャンピオンになれる器。シーズンが進むにつれ、2人の間の緊張感は高まり、終盤にはフェルスタッペンがポイントで猛追。マクラーレン勢がドライバーズチャンピオンを逃す可能性も指摘された。
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それでもマクラーレンは、ザク・ブラウンCEOが「チームオーダーを出すくらいなら、マックスにドライバーズタイトルを奪われた方がましだ」と語ったように、最後までチームの方針を守り続けた。それはフェルスタッペンに逆転王座の可能性が出てきた最終戦になっても変わらなかった。
もちろん、マクラーレンも無策でタイトルを手放すつもりはなく、ピアストリに王座獲得の可能性がなくなるレース展開になる場合のみ、チームオーダーを出す予定でいた。しかし、レース前の段階では「これまで通り、彼らは自由にレースできる」(ブラウン)と、チームの基本理念を貫いた。

