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青学大・原晋監督の就任当初「部を辞めていく子もいた」妻で寮母の証言…箱根駅伝で“勝てなかった頃”の苦労「諦めた子との間に“深い溝”が…」
text by

原美穂Miho Hara
photograph byAFLO
posted2026/01/03 06:00
青学大が箱根駅伝の常勝軍団になるまでには、知られざる苦労があった
部員たちの間で深くなっていった“溝”
一方でわたしたちの着任と同時に入学、入部してきた1年生は、監督が全国を歩いてスカウトした子ばかりで、青山学院大学の代表として箱根を走りたいという目標を持っています。当時の1年生と2・3年生の間に意識の差があったのは間違いがないでしょう。ただ、その3年生の中から、本気で箱根を目指したいという子が出てきたことは、わたしには大きな喜びでした。
しかし、全員が全員、箱根に向けて切り替えられたわけではありません。16位という結果を前に、あと1年頑張っても無理だと思った子もいます。寮の中で、箱根を目指すと決めた子と、あきらめた子の間の溝は深くなっていきました。
もしも監督と寮母に豊富な指導歴と、非の打ち所のない人格、誰をも惹きつけるカリスマ性が備わっていたら、あきらめた子を奮起させられたかもしれません。しかし、少なくとも当時のわたしたちにはそれはむずかしいことでした。
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そうである以上、監督やわたしが守らなければならないのは、一部の子たちの中にある「本当に箱根を走りたい」という気持ちです。水は低きに流れ人は易きに流れる、と言いますが、彼らの中にある箱根を走りたいという目標が、あきらめた子の影響で失われないようにしなくてはなりません。
選手が寮母の前でこぼした愚痴
寮母であるわたしは、監督の耳目を補佐することにしました。
学生は、陸上の指導者である監督に対しては、面と向かっては刃向かいません。箱根を走りたいかと聞かれれば「走りたい」と答えます。
しかし、陸上を知らないわたしの前では油断をして「なんでこんなことやらされるんだ」「あんな練習に意味があるのか」「どうせ箱根なんか無理だ」などと言う子もいました。
