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「嫌われてるんですかね」敗者・那須川天心が“初めてのブーイング”に本音ポツリ「優しくしてよ…」井上拓真への大歓声を呼んだ井上尚弥の“ある行動”―2025年下半期読まれた記事
text by

布施鋼治Koji Fuse
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi
posted2025/12/26 11:01
井上拓真に敗れ、悔しさを噛みしめながら引きあげる那須川天心
「もっと優しくしてよ」天心の本音が漏れた瞬間
会場の空気が拓真を後押ししていたと感じさせるシーンもあった。例えば、天心が何度かクリンチから拓真をスリップさせた場面。拓真がキャンバスに倒れ込むと、場内からは天心に対してブーイングが沸き起こった。
その反応に天心は「もっと優しくしてよ」と感じたという。
「故意じゃないし、押してもいないので。やっぱり格闘技のクセで、腕が出てしまったりすることもあるわけですよ。あんなに『ブー』ってすることはないじゃんと思いましたけどね」
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キック時代から見続けている筆者にとっても、天心に向けられた大きなブーイングを聞くのは初めてだった。
「嫌われてるんですかね(笑)。わからないですけど。まあ、ボクシングに入ってきてから常にアウェイですからね。皆さん『生意気だ』と思っていると思うので。そういう選手がやられていく、落ちていくところを見たいんじゃないですか」
9ラウンド以降、試合の組み立てが雑になったのは、8ラウンド終了後の採点で2名が拓真有利につけていたことも大きいだろう。天心は「焦り? ポイント差が開いたときにはありましたね」と振り返る。
「ちょっと、これ、どうしよう? みたいな。自分が良くないパターンの動きになっていたので。試合中にちょっとでも迷いがあると判断が遅れる。そこで先にポイントをとられてしまったというのはありますね」
アウェイの空気の中での公式戦初黒星。それでも、天心は気丈に振る舞った。心身ともにダメージが残る敗戦直後に、20分以上も報道陣の質問に答えた姿にはプロとしての矜持を感じた。
「みんなの前で恥をさらすのもカッコいいじゃないですか。そういうことは一生懸命生きている奴しかできないことですから。また明日からしっかり生きていきますよ」
シン・ボクシングの完成形を見せることは叶わなかった。しかし拓真陣営の大橋会長が「前の試合より明らかに強くなっていた。必ず世界チャンピオンになる」と予言する通り、敗れながらも高いポテンシャルを見せつけたことも確かだ。
世界王座に返り咲いた拓真は何度も「相手が天心選手だったから」と繰り返した。天心を強く意識しなければ、こんな名勝負は生まれなかった。そして「天心に勝つ」という一念で極限まで自身を追い込むことがなければ、拓真が覚醒することもなかっただろう。
那須川天心の生きざまを笑うことは、誰にもできない。

