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法廷決着がついた「ワリエワのドーピング事件」に残るナゾ…違法薬物はどこから? 関係者に広がった疑心暗鬼、NHKの取材にコーチ本人が答えたこと 

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田村明子

田村明子Akiko Tamura

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posted2025/11/15 17:01

法廷決着がついた「ワリエワのドーピング事件」に残るナゾ…違法薬物はどこから? 関係者に広がった疑心暗鬼、NHKの取材にコーチ本人が答えたこと<Number Web> photograph by KYODO

現在はロシアを中心にアイスショー出演などを行っているカミラ・ワリエワ(2025年10月撮影)

フィギュアスケートと違法薬物の関係性

 実はこの企画に、筆者は最初から関わってきた。2023年3月にさいたまスーパーアリーナで開催された世界選手権で、旧知だった今野氏に「ご相談したいことがあります」と声をかけられた。河西氏を紹介され、人目につかないところで3人で打ち合わせを行った。

「ロシアの選手たちが今どうなっているのか、どうしても取材をしたいんです」

 ワリエワの事件から、1年が経過していた。それまでどの大会に行っても表彰台に上がっていたロシアの選手たちは、まるで最初から存在しなかったかのような、話題にするのもタブーのような扱いを受けていた。

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 筆者は1993年にフィギュアスケートの取材を始めて以来、数えきれないほどのロシアのトップ選手、コーチ、振付師たちを取材してきた。「だからロシアの選手はこんなにきれいな滑りが出来るのか」「だから強いのか」「だからこれほどすてきなプログラムが出来上がるのか」と感動したことも、一度や二度ではない。

 ソチオリンピックの後に国家ぐるみのドーピング疑惑がもち上がった時も、フィギュアスケートという多面的で複雑なスポーツにおいては、違法薬物を摂取する意味がないのではないかと長い間思ってきた。2000年にロシアのペア選手、エレナ・ベレジナヤがドーピング違反で処分されたことがある。だがそれは当時拠点にしていた米国ニュージャージー州の医師が、咳の止まらない彼女に処方した気管支炎の薬の成分であったことが判明している。

 フィギュアスケートにおいて、故意のドーピング違反はない。長い間、そう信じていた。

ロシアへの見方を変えた「ワリエワの陽性判定」

 その思いが、北京オリンピックのワリエワの一件でこなごなに砕け散った。

 それはワリエワという選手が、あまりにも規格外に強かったためもある。3アクセルも、4回転もトップクラスの男子並みに跳ぶ。彼女が試合に出てくれば、他の選手には勝つチャンスはない。つけられたあだ名が「絶望」だった。

 そもそも、エテリ・トゥトベリーゼチームの女子だけ、なぜあれほど強いのか。世界には優秀な、経験豊富なコーチが他にもたくさんいる。それなのに、過去10年近く大きな大会での女子チャンピオンの座はエテリチームの生徒たちがほぼ独占してきた。

 違法の薬物はフィギュアスケートには役にたたない、と長い間信じてきたことなどあっさり忘れて「やっぱりそうだったのか……」と思った関係者は、私だけではなかったはずだ。こうなると過去のあの選手、この選手もドーピングの力で勝ったのだろうか、と疑心暗鬼になっていく。

 加えてロシアが始めた侵略戦争によって、あれほど人気があり、世界の多くのファンから愛された選手たちが、いつの間にか悪役になり、「あちら側」の人になってしまった。

 そのロシアの選手たちが今どういう状況にいるのか、「現地に行ってみたい」という河西氏の気持ちは、長年フィギュアを取材してきた身として痛いほどよくわかった。

【次ページ】 驚愕した、トゥトベリーゼへの直接取材

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