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「来い、来い」アフマダリエフの挑発後にあった井上尚弥の“異変”「試合を象徴するシーン」最強挑戦者を圧倒…なぜ“判定狙い”でも魅力的だったのか?
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渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi
posted2025/09/15 12:22
井上尚弥はスマートなアウトボクシングを貫き、ムロジョン・アフマダリエフを圧倒。KOだけではないボクシングの醍醐味を見せつけた
ラウンドが進むにつれ、井上はボクシングの幅を徐々に広げていった。ステップワークで素早くサイドに動いたかと思えば、足を止めて挑戦者を誘いカウンターを狙う。ダッキングやスウェーで楽々と強打をかわし、ディフェンス技術で会場を沸かせるシーンもあった。もともとスピードで劣勢のアフマダリエフはジャブで出鼻をくじかれ、加えて緩急と強弱を使ったボクシングに翻弄されてなかなかパンチを出せなかった。
試合を象徴する“あるシーン”…テーマは「我慢」
5回、この試合を象徴するシーンがあった。井上が打ち合いにいきかけると、アフマダリエフが「来い、来い」と挑発する。打撃戦が始まるのかと思いきや、井上が自重したのだ。6回、井上が右から左ボディブローのコンビネーションを3発決めるとアフマダリエフの動きが止まった。挑戦者が下がる。さあ、井上のKOショーの始まりだ。いつもならそうなるところだが、今宵のモンスターは違った。
「(KOを)作ろうと思ったら作れたシーンはありましたけど、そこで倒しにいこうとしたら、違う展開になった可能性がある。今日はあれでよかったと思う。倒しにいかないことがこれほど難しいんだ、という発見があった」
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井上はチャンスと思われるシーンでブレーキを踏んだ。今年5月のカルデナス戦、昨年5月のルイス・ネリ(メキシコ)でダウンを喫した反省があった。この2人より高く評価するパワフルなアフマダリエフと打ち合えば、倒す可能性が高まる一方で、倒されるリスクも背負うことになる。井上が今回の試合に掲げたテーマは「我慢」だ。セコンドでは井上真吾トレーナーが「このままでいい。出入りのボクシング、ポイントを取るボクシングをしろ」と言い続けた。チャンピオンは「倒したい」という欲を抑えながら試合を進めたのだ。
井上は後半に入っても効果的にジャブを使い、足を動かし続け、前半からのペースをキープし続けた。最終回に右フックを食らってこのラウンドを落としたが、読み上げられたスコアはジャッジ1人が117-111、残る2人が118-110といずれも大差。「アフマダリエフに対してあの戦い方は100点をつけてもいいと思う」と本人も納得の自己採点だった。

