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「そんなのありえないっすよ」のハズが…高校駅伝で話題の“集団転校”問題 転校して“来られた側”の胸中は? 経験者が振り返る「狂騒曲のリアル」
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和田悟志Satoshi Wada
photograph byJIJI PRESS
posted2025/05/19 06:00
2012年都大路で初出場初優勝を達成した愛知・豊川高。だが留学生を除くとアンカーの皆浦巧(2年、写真)以外は全員、宮城・仙台育英高からの転校組だった
皆浦さんは仙台育英高からの転校組ではなく、転校生を「受け入れる」側の生徒だった。
全国優勝メンバーでは、留学生のカレミ・ズクと皆浦さんだけが、もともと豊川高に在籍していた“生え抜き”の選手だったことになる。
中学時代はサッカー部に在籍していた皆浦さんは、中3時に寄せ集めの駅伝部に選ばれ、地区大会で区間賞を獲得するなど活躍をした。
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「陸上で結果が出て、豊川からの誘いを受けました。サッカーより陸上のほうに可能性があるんだったら、陸上をやろうかなと思って。それで進学を決めました」
豊川高に進み本格的に陸上を始めると、めきめきと力をつけ、1年目から駅伝のメンバーに名を連ねた。
当時の豊川高は、女子は3度の全国優勝を誇る強豪として知られていた。だが、男子はというと、たびたび好選手を輩出していたものの、駅伝ではなかなか全国の舞台にたどり着けずにいた。
遠かった都大路…強豪・豊川工業高の存在
その大きな理由のひとつが、同じ愛知県に豊川工業高という全国的な強豪チームがいたことだった。皆浦さんが1年生だった時にも、全国の切符がかかった愛知県高校駅伝で豊川工に1分48秒もの差を付けられて2位に終わっていた。
「1年生の時に県駅伝を走らせてもらったんですけど、結構差があって。自分がまだ走っている時に優勝のアナウンスが聞こえてきました」
アンカーを務めた皆浦さんは、ライバル校の選手の背中を拝むこともなくレースを終えた。

