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「変わるということは痛みも生じる」新井貴浩と広島カープの2025年…開幕戦完封負けも「143分の1です」翌朝のマツダスタジアムに響いた打球音《新連載「鼓動」》
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鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byTakuya Sugiyama
posted2025/05/19 17:00
広島カープ監督就任3年目の新井貴浩。昨季終盤は大失速したが、今季は果たして変われるのか…
「結局フィジカル的なものはマネジメントできていたんだけど、メンタル的な部分ができていなかった。守備には自信があったからロースコアの接戦をピッチャーが踏ん張って拾っていくという戦い方をしてきたけど、9月になったときにはピッチャーのメンタルがもうギリギリの状態になっていた。それを分かっていなかった。夏場からはジャイアンツもタイガースもベイスターズも、うちにエース級をぶつけてきたから、うちのピッチャーはヨーイドンからもう1点もやれないという精神状態で投げていた。四隅をついてフォアボール出して、ランナー溜めてドカンという大量失点がものすごく増えてしまった。だから、これはもう得点力を上げるしかない。打つ力を鍛えるしかないと。そこで秋のキャンプも、春のキャンプもバッティングに特化して、振る量をものすごく増やした。お前ら振れと、もう振らすぞと」
耐えるだけでは足りない。今のままではダメなのだ。それが持っている力をすべて振り絞った末に分かったことだった。4位に終わった昨シーズンのホーム最終戦後、新井はマイクの前に立った。スタンドを赤く染めた観衆へ向けてのスピーチ、その終盤にこう切り出した。
「変わるということは痛みも生じる」
〈来シーズンは様々なことが変化する年になると思います。来シーズンだけでなく、その先のカープのことを考えると変わっていかなければならない。そう考えています〉
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耳慣れないワードに、スタジアムがざわめく。
〈変わるということはそれとともに痛みも生じてくると思います。今年よりもさらに険しく厳しい道のりになると思います。覚悟と信念を持って、強いチーム、そして強い選手を育てていきたいと思います〉
ひとつひとつ振り絞るような新井の言葉を耳にしながら、人々は様々な想像をしたはずだ。山本浩二や衣笠祥雄がいた赤ヘル軍団を思い浮かべた人がいるかもしれない。野村謙二郎や前田智徳や金本知憲のような骨太のバッターたちを想起した人もいるだろう。あるいは、監督になった新井は「新井貴浩」を育てようとしているのかと考えた人もいたかもしれない。いずれにしても、それは指揮官が人々と交わした約束だった。
開幕戦翌朝、響く打球音
それからの新井は秋が暮れゆく宮崎日南でも、春を待つ沖縄コザでも、夕暮れのグラウンドでバットを振る若い選手たちとともにいた。一球ごと、彼らの発する掛け声と打球音を聞きながら、同じ土の上に立っていた。オープン戦でも彼らを使い続け、チャンスを与えて待った。そうして迎えた2025年の開幕戦だった。だからこそ余計に、花冷えの零封負けは身に沁みたのかもしれない。
新井はこの夜、ゲームの後もしばらく球場に残っていた。ようやく家路に就いたのは、時計の針が午後11時に差しかかった頃だった。
翌朝のことだ。まだ前夜のゲームセットから12時間も経っていないというのに、マツダスタジアムのバックヤードにはもう打球音が響いていた。
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