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「変わるということは痛みも生じる」新井貴浩と広島カープの2025年…開幕戦完封負けも「143分の1です」翌朝のマツダスタジアムに響いた打球音《新連載「鼓動」》
posted2025/05/19 17:00

広島カープ監督就任3年目の新井貴浩。昨季終盤は大失速したが、今季は果たして変われるのか…
text by

鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Takuya Sugiyama
発売中のNumber1118・1119号に掲載の《[鼓動 新井貴浩と広島カープの2025年]第1回 雨のち曇り、ときどき晴れ》より内容を一部抜粋してお届けします。
開幕戦の零封負け「143分の1です」
未明まで降り続いていた雨はなんとか上がったものの、3月28日の広島は冷え込んでいた。平和記念公園の桜も三分咲きのままじっとしているしかない。そんな寒い夜、カープは開幕ゲームを戦い、そして敗れた。本拠地を埋めた3万を超える観衆にひとつの得点も見せることができなかった。
ゲームセットから数分後、新井貴浩がバックヤードの通路を歩いてきた。ホームゲームの後はベンチ裏の記者会見室で立ったまま質疑に応じる。敗れた監督の背中を天井に並んだ蛍光灯が無機質に照らしていた。
「まだ始まったばかりだから、1試合だけでどうこう言うことはないよ」
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「143分の1です」
新井は開幕日の零封負けについて問われ、そう答えた。監督になって3年目、この仕事の大部分が耐えることであり、外部にその痛みを見せぬことだと分かっている。それでもこの夜の新井は表情も口調も、いつになく硬質であるように見えた。
冷静に考えれば、阪神タイガースの開幕投手を務めた村上頌樹はほとんど完璧だった。7割は失敗することが前提のバッターたちはこんなとき、潔く脱帽して明日に向かうしかない。おそらくメディアやファンも分かっている。それでも無得点だったことがフォーカスされ、それを嘆く空気があるのはカープを取り巻く人々の脳裏に、昨シーズンの衝撃的な結末が刻まれているからだろう。そこからの変化を、新井のチームに期待しているからだろう。
「9月に、さあ行くぞと号令をかけたときに…」
前年のカープは歴史的な失速を経験した。8月までは下馬評を覆す戦いで首位に立っていたが、ペナントレースの行方を決める9月になった途端、何かが尽き果ててしまったように25試合で20敗を喫し、Bクラスへの坂を転げ落ちた。新井はその光景を前に、何が足りなかったのか、自問したという。
「監督1年目は勝負の8月、9月に主力選手が軒並み怪我でいなかった。その反省があったから2年目は、先発ピッチャーで言えばローテーションの間隔も極力詰めずに、リリーフは3連投をほとんどやらせず、野手ではベテランを休ませながら、8月まで怪我人もなく首位でいけた。でも9月になって、さあ行くぞと号令をかけたときに、ああなってしまった」
象徴的なシーンとしては、ストッパーの栗林良吏がリードを守れず、最終回に9点を奪われて読売ジャイアンツに逆転負けを喫したゲームがある。だが、それだけでなく確かに昨年9月のカープは頼みだったはずの投手陣が失点を重ねるシーンが相次いだ。