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号泣する上谷沙弥と肩を組んで…“引退決定”中野たむは「宇宙一幸せなプロレスラー人生」で何を手にしたのか? 試合後、通路の片隅で見た“ある光景”
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原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2025/04/28 17:02

3カウントのフォール負けで引退が決まった中野たむ。リングに横たわりながら、勝者・上谷沙弥の手を握っていた
上谷はコーナーに上がったが、フェニックススプラッシュを飛ぶのは躊躇した。スタークラッシャーでフォールにいったが、無理やり引き起こすと「永遠にさようなら」と両手をつかんでの蹴りを見舞った。だが、中野が粘りを見せると、とどめは中野が使うトワイライトドリームだった。
中野は3カウントを聞いてしまった。それは同時に「引退の3カウント」になった。
引退セレモニーも引退の10カウントもない、ということは試合前にアナウンスされていた。4月27日の横浜アリーナ、これがすべてだった。
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敗れた中野の手はいつの間にか、隣に横たわったままの上谷の手を握っていた。
試合後、通路の片隅で目にした“ある光景”
最初に話を聞いた頃の「友達がいない子どもでした」という中野の言葉が、やけに印象に残っている。
ある時は「中野たむは弱いと思う」と表現した。同時に、「弱さを知っているから強いと思う」とも言った。
「私は体格に恵まれていないし、飛んだりくるくる回ったりできないから、上谷はずっと怖い存在」とも言っていた。私はそんな中野たむを思い出していた。
覚悟を決めていた女は、8年9カ月のプロレスラー生活に終止符を打った。
しばらくして、通路の片隅に目を向けると中野たむがいた。中野は安納サオリ、なつぽいと床に座って3人で話していた。安納は背中しか見えなかったが、なつぽいは時間が経っているのにくしゃくしゃの泣き顔だった。

