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号泣する上谷沙弥と肩を組んで…“引退決定”中野たむは「宇宙一幸せなプロレスラー人生」で何を手にしたのか? 試合後、通路の片隅で見た“ある光景”
text by

原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2025/04/28 17:02

3カウントのフォール負けで引退が決まった中野たむ。リングに横たわりながら、勝者・上谷沙弥の手を握っていた
「何もなかった私だけれど、ここまで戦うことができた。ありがとうございました」と上谷が言った。
「今日だけは一緒に帰らない?」と中野が誘った。
「最初で最後だな」と上谷が応じる。
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二人は肩を組み、泣きながら、花道を歩んだ。
「たむ!」「中野たむ、やめるな!」「上谷!」という声が聞こえる。
中野たむというプロレスラーがこの日、リングを去った。
美しいスープレックス、感情的な激闘…中野たむの魅力
スターダムにやってきた頃は「この子、大丈夫か」と多くの人が思った。筆者も中野がここまでの存在になるとは思っていなかった。それがいつの間にか、「中野たむ、結構いいな」「中野たむ、すごいな」に変わっていった。
「宇宙一のスープレックス・マスターを目指しています」
そんなことを宣言するだけの技量が中野にはあった。中野の背中の筋肉はびっくりするほど発達していた。安定感のあるブリッジだ。だからジャーマンスープレックスもタイガースープレックスも力強く、美しい。
「宇宙一かわいい」という大好きなフレーズと、感情的で激しいファイト内容のギャップが魅力だった。コズミック・エンジェルズという中野のユニットもある。
この日も試合前、中野は普段と変わらない様子で控室前の通路に姿を見せていた。引退のかかったビッグマッチでも通常モードのようだ。
敗れた中野たむは上谷沙弥の手を握っていた
まるでウェディングのような白いドレスで入場した中野。
対して、黒いドレスの上谷。ワールド・オブ・スターダム王座の赤いベルトもかけられている。
上谷はフランケンシュタイナーで中野を場外に落とすとチェーンを使った。テーブルに仁王立ちして観客にアピールした。
持っている技を競うように二人はぶつかった。キックを打ち合い、張り手の応酬で口の中は切れている。
中野はジュリアから赤いベルトを奪った2年前の横浜アリーナの記憶をたどるように、花道での長いランニングからヒザを繰り出した。
リング上で中野はバイオレットスクリュードライバーやトワイライトドリームという名のスープレックスも繰り出すが、上谷に跳ね返されてしまった。