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「C2叡王」心ないコメントに傷ついた将棋棋士の本心「タイトルに申し訳ない…」「たった1つの敗戦で人間は変わる」高見泰地が苦悩した日々
text by

大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph byKyodo News
posted2025/04/20 06:02

2018年、初タイトルとなる叡王を獲得した際の高見泰地。ただ当時、順位戦はC級2組所属で、心無いコメントが並んだこともあった
「たった1つの敗戦で、人間って変わるんだなって」
苦境と憔悴の中で…永瀬からの連絡
今でもはっきり覚えている。
昨年11月中旬、私は東京・旧将棋会館の記者室に一人でいた。すると高見が声をかけてきたのだが、小声で聞き取りにくい。顔が青白く、憔悴している様子だった。そんな彼の姿を見たのは初めてだった。
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少しの雑談の後、苦しい時期をどう乗り越えればいいのかという趣旨の相談を受けた。うまく答えられなかったが、高見は回答を求めていたのではなくて感情を吐露したかったのだろう。高見には信頼する親しい棋士が何人もいるが、戦う相手は基本的に相談の対象にはならない。
9回戦の相手は三浦弘行九段。半月ほど前の竜王戦では負かされた相手だ。精神的には参っていたが、それでも高見は努力を止めることはなかった。止められなかった。
「三浦戦の直前に、永瀬(拓矢)さんから連絡をいただいたんです。単発の研究会に2日連続で誘っていただきました。レギュラーじゃないから、ちょっとこの日は無理ですって断ることもできるんですけど、せっかくだから教わろうと思いました。本当にありがたいです。自分は東京で永瀬さんの研究会よりも勉強になる場所はないという確信があります。トップがこんなに真剣にやってるのに、行かない選択肢はありません。休息よりも研究会を優先させたことが功を奏したのか、三浦先生に勝つことができた。さすがにこの時は嬉しかったですね」
5勝4敗。再び白星が先行した。
しかし危機感は払拭できなかった。実は三浦戦は高見の会心譜なのだが、「夕食休憩のところでは必敗だと思っていたんです。自分に自信がなくなっていて、どうしても後ろ向きになってしまう。相手の投げるボールが全部160キロに見えるんです。本当は120キロぐらいの球だってあるんですけど、打てない。スポーツで言うところのイップスのような感じになってしまっていたのかもしれません」と述懐する。
C2叡王…心ないコメントに傷ついた日
年内はあと1局。勝てば安全圏の可能性が高い6勝目だ。10回戦の相手は、同世代の石井健太郎七段。一緒にB級1組に昇級した、戦友のような間柄である。石井と順位戦で指すのは4局目。過去の対局はすべてC級2組だったが、直近の3局目は今でも忘れられないという。2018年。その時、高見の肩書は「叡王」だった。