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日本人ライダー全盛時代は今いずこ。
ロッシが語った「日本の強み」とは?
posted2015/08/31 10:30
text by
遠藤智Satoshi Endo
photograph by
Satoshi Endo
グランプリシーンは、この数年、ロッシの復活とマルケスの登場で最高に盛り上がっている。
このコラムがスタートしてからもこの2人を取り上げる機会が多いのだが、グランプリに参戦する日本人選手を取り上げることは一度もなかった。
その理由は、成績が良くないことに尽きる。
Moto2クラスに参戦する中上貴晶(23)は、2013年の第13戦サンマリノGPで2位表彰台に立ったのを最後に、34レース連続で表彰台から遠ざかっている。今年はやや調子を上げているが、7位が最高位で総合15位と一昨年の勢いはない。
そして、Moto3クラスに4年ぶりに復帰を果たした尾野弘樹(23)は11位が最高位で総合22位。ルーキーの鈴木竜生(17)は20位が最高位でノーポイントという成績で、結果を残せない日本人選手を取り上げる機会はなかった。
1990年代から2000年代に掛けて、グランプリで大活躍した日本人を知っているファンからは、「どうして日本人選手は低迷しているのか? それを書いて欲しい」というリクエストが多く、今回はそのテーマに応えてみたい。
1990年代~2000年代、日本人チャンピオンは5人いた。
僕がグランプリを転戦するようになったのは、1990年からである。以来、日本人では5人の世界チャンピオンが誕生した。
1993年に原田哲也(250cc)。'94年&'98年に坂田和人(125cc)。'95年&'96年には青木治親(125cc)。そして2000年代に入ってからは、'01年に加藤大治郎(250cc)。'09年に青山博一(250cc)が世界の頂点に立った。
さらに、チャンピオン争いに加わった選手の名前を挙げれば、岡田忠之(500cc)、宇川徹(250cc)、中野真矢(250cc)、上田昇、辻村猛、徳留真紀、眞子智実、東雅雄、宇井陽一(ともに125cc)と多くの選手がいる。
そして、チャンピオン争いには加われなかったが、優勝者としてグランプリの歴史に名前を刻んだ選手は、ノリックこと阿部典史に、玉田誠(500cc&MotoGP)、青木宣篤、宮崎敦、高橋裕紀(250cc)、富沢祥也(Moto2)、小山知良(125cc)がいるし、表彰台に立った選手はここでは書ききれない。