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膝擦り、足だし、肘擦り、肩擦り…ライディングの常識を塗り替えた「キング・ケニー」に始まるグランプリの革命児の系譜
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遠藤智Satoshi Endo
photograph byGetty images
posted2025/01/28 17:00
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1979年のドイツGPでYZR500を駆るケニー・ローバーツ。この前年から500ccクラスに参戦し、3連覇を達成。アメリカ人として初の王者となった
キング・ケニーのハングオフはグランプリ76年の歴史の中でもっとも革命的だったが、それに続く革命といえるのが、2000年代終盤にバレンティーノ・ロッシが編み出した足だし走法だ。いまだに「ハングオフ」的な名称はないのは、モトクロスやダートトラックでは普通のライディングだからなのだろうが、ロードレースで足をステップから外す行為は革新的だった。
ロッシがこの走りをするようになったのは09年。当時、大流行したこの走りを真似るライダーに、ロッシが「1回1ユーロもらおうかな」と笑わせたのは、有名な話である。
この足だし走法の効果は、ブレーキングの際にリアに荷重を残し、よりハードなブレーキングを可能にすること。ロッシが足をだし始めたのは、MotoGPマシンの電子制御が進化してアクセルワークの差が出にくくなり、ライダーの技量差が出る最大のポイントがブレーキングになったためでもある。今ではハングオフと同様にロードレース界のスタンダードとなっている。
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直近の革新的ライディングといえば、13年からMotoGPクラスに参戦するマルク・マルケスの肘擦り走法である。それ以前からタイヤのグリップとマシン制御の進化によってバイクのバンク角は深まるばかりであったが、ついに当たりまえに肘を擦る時代になったかとレースファンは衝撃を受けた。
誰にも真似できないマルケスのライディング
マルケスの肘擦り走法は現在ではすべてのライダーの間でスタンダードになっているが、マルケスには誰にも真似できない凄さがある。それは転倒寸前のアクシデントを回避するアクロバティックなライディング。類い希な身体能力の高さから生まれる動きを再現できるライダーはいまだに現れていない。
ちなみにマルケスがデビューした翌年にMotoGPクラスに参戦したスコット・レディングは、肘だけではなく、長身を武器に肩(二の腕)を擦って走り話題になった。その後、ホルヘ・ロレンソ、ファビオ・クアルタラロ、ホルヘ・マルティンなども肩(二の腕)を擦るようになり、カメラマンたちにとって絶好のシャッターチャンスとなっている。
この数年はエアロの進化がMotoGPマシンの流行となっていて、ライダーに求められるのは以前のようにバイクを積極的にコントロールすることでなく、スムーズに乗ることになった。ホンダ時代、バイクを激しくコントロールしていたマルケスが、ドゥカティに乗り換えてからはスムーズなライディングに変化したことがそれを象徴している。
今年はドゥカティ・ワークスに移籍。マルケスは最強マシンで7回目のタイトル獲得を目指すことになる。レギュレーションの制約はあれど、オートバイの変化はとどまることがない。果たしてこの先生まれる新しいライディングとはどんな革新をもたらすだろうか。まもなく開幕する2025年シーズンを楽しみにしたい。
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