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ボクシングPRESSBACK NUMBER
「施設育ちの少年が井上尚弥と戦うなんて…」密着カメラマンが知るキム・イェジュン壮絶ボクサー人生「ひとりで生きるためにボクシングを始めた」
text by
キム・ミョンウKim Myung Wook
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2025/01/28 11:04
井上尚弥と対戦したキム・イェジュン(32歳)
それにしても、2人はなぜキムを長らく追い続けているのか。日本とは違い、韓国のボクシング人気は高くない。世界王者でもない無名のボクサーにカメラを向ける理由は何なのか。それには、5歳のときから児童養護施設で育ったキムの生い立ちが関係している。
「私が聞いた話では、施設や学校ではサッカーが好きだったそうです。それに周囲もその実力を認めるほどうまかった。でも身長も小さいし、体格もがっちりしていなかったので通用しないと思っていたみたいです。18歳まで施設で育ちましたが、韓国では19歳になるとそこを出る必要があり、身寄りがいないから一人で自立して生きる必要があった。経済的にお金を稼ぐためには何をすべきか考えたとき、当時、K-1が流行っていて、世界王者になればお金を稼げると考え、格闘技の世界に飛び込んだと聞いています」
ムン氏が惹かれたキムの目
ゴングが鳴る直前、有明アリーナの大型スクリーンに20歳で本格的にボクシングを始めた歩みが映し出されていたように、キムのバックボーンについては日本のメディアでも多く取り上げられた。不遇の時間を過ごしてきた青年が、拳一つで成り上がるーーそんな実直な姿がクリエイターを刺激した。
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「初めて会ったとき、すごくいい目をしている選手だなと感じました。もちろん、ボクシングセンスもありましたが、何かを見る目がある選手でした」
純粋な青年の目は、まっすぐ前だけを見つめるだけでなく、同時に世の中を冷静に見抜く鋭さも併せ持っていた。
井上を前に実力を発揮することはできなかったが、これまでを考えれば十分なファイトマネーを手に入れたに違いない。さらに想像できるのは、キムがお金以上のものを手にしたことだ。ムン氏が言う。
「井上選手と対戦したことで、韓国のボクサーたちがインスタグラムなどでいろんな反応を見せているんですね。世界ランカー入りを目指すボクサーたちが、頑張ればこうした舞台にたどり着けるという刺激をもらっているようです。ただ、韓国ボクシング界は全体的に優れた選手が輩出されるようなインフラも日本のように整っていないのが現状でもどかしい部分もあります。今回の対戦もボクシングファンは大きな価値があるものと称賛していますが、一般人にはあまり関心を寄せられていません。井上選手との試合やその後のキム選手の行動が少しでも母国に届いたならば、そうした状況を少しでも変えることができたのでないかと信じています」