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「世界王者は15年以上不在…内部分裂も」井上尚弥にキム・イェジュンが挑戦“韓国ボクシング”の寂しい現状…“日本人の壁”だった強国はなぜ衰退した?
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi/AFLO
posted2025/01/21 17:05
2013年4月、日本で試合をするキム・イェジュン。当時はまだ4回戦ボクサーだった
キムの挑戦は韓国ボクシング復興の“起爆剤”になるか
暗い話にばかりなってしまったが、何か明るい兆しはないのだろうか。安河内事務局長はアジアの中でも韓国を「ポテンシャル・カントリー」と評して次のように説明した。
「興行も選手数も一時はかなり減ってしまいましたが、ここ数年はともに増加傾向にあります。韓国の特徴はボクシングジムの数が多いということ。つまりフィットネスとしてボクシングが根付いている国でもある、ということです。もともとボクシングの文化がある国ですし、可能性は大いにあると考えています」
興行が増加している一つの背景に、大橋プロモーションが主催する「フェニックスバトル・ソウル」がある。かつてコリアン・ファイターと名勝負を繰り広げた大橋会長が「日韓対決は盛り上がる。韓国にもう一度強くなってもらいたい」との思いから、韓国のプロモーターと組んで2022年からソウルで興行を開催。韓国選手の活躍の場を増やし、一昨年11月にはWBOアジアパシフィック王者が誕生した。彼らにとって「フェニックスバトル」が大きなモチベーションとなっているのは間違いないだろう。
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OPBFも韓国の再興に興味を示す。OPBFの役員でもある安河内事務局長は「OPBFの本部国が日本になったのを機に、韓国のテコ入れを考えています。もちろん実力重視ですが、韓国の選手を積極的にランキングに入れていきたい。KBMやKBAと密に連携して、いい選手にチャンスを与えられるようにしたい」と意欲的だ。
希代のチャンピオン、井上に挑戦するという幸運を手にしたキムは養護施設で生まれ育った。ボクシングを始めたのは施設を出た19歳というから今から13年前。韓国のボクシングを取り巻く環境が厳しい中で実力を磨き、これまで日本選手との対戦で7戦全勝をマークしている。22年からはオーストラリアでトレーニングを積むなどして世界ランキングを手に入れた。
キムはインタビューで「韓国ボクシングの救世主になるか」との質問に、「背負うものは何もない」と素っ気なく答えている。キムにとって韓国ボクシングの古き良き黄金時代は、それだけ遠い昔話なのだろう。
本人がピンとこなくとも、かつて憎らしいほど強かったコリアン・ファイターを知る世代としては、今回の井上戦が韓国ボクシング復興の起爆剤、あるいは第一歩になってほしいと願わずにはいられない。「打倒井上」という世界で最も困難なミッションに立ち向かうキムの奮闘ぶりを、韓国ボクシングの歴史と重ね合わせて見るのも興味深いのではないだろうか。