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「世界王者は15年以上不在…内部分裂も」井上尚弥にキム・イェジュンが挑戦“韓国ボクシング”の寂しい現状…“日本人の壁”だった強国はなぜ衰退した?
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi/AFLO
posted2025/01/21 17:05
2013年4月、日本で試合をするキム・イェジュン。当時はまだ4回戦ボクサーだった
“替え玉”スキャンダルに内部分裂…衰退の理由
あれほど沸いた日韓対決を振り返っても、韓国ボクシングの現状はにわかに信じがたい。なぜ韓国ボクシングはここまで衰退してしまったのか。長く隣国のボクシング界と仕事をしてきた日本ボクシングコミッション(JBC)の安河内剛本部事務局長に聞いた。
「一番はボクシングへの信頼を失ったということだと思います。フェイクファイトみたいな試合があったり、替え玉事件があったり。そういう流れの中でテレビ、スポンサーが手を引き始めた。韓国は入場料収入に頼らず、大きなスポンサーがすべてをまかなうスタイルだったので、興行を開催することが難しくなりました」
替え玉事件とは1984年9月に韓国で行われたIBFフライ級タイトルマッチで起きたスキャンダルだ。チャンピオンの権順天がコロンビアのアルベルト・カストロを12回KOで退けて防衛に成功、大統領からも祝福されるのだが、その後カストロがまったくの別人だと判明して大問題に発展した。結局、プロモーターやマネジャーら計5人が逮捕されるスキャンダルとして、歴史に大きな汚点を残すことになった。
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IBFは83年にできたばかりの新興団体で、韓国はIBFと蜜月関係を築き、世界チャンピオンを量産していた。こうした事情もあり、世界チャンピオンの価値は低下し、ボクシングへの信頼は大きく揺らいでしまったというわけだ。ちなみに日本がIBFを承認したのはIBFが世界的な統括団体として定着した2013年のことである。
90年代後半に入ると人気低迷にさらなる拍車がかかり、コミッションも徐々に機能しなくなっていく。安河内事務局長によると、韓国は日本のコミッションとは違い、試合の承認料というよりも主にスポンサー収入で成り立っていた。スポンサーの撤退はコミッション業にも打撃を与えたのだ。
求心力を失っていった韓国ボクシングコミッション(KBC)は2000年以降、内部分裂を始める。その影響はいまだに尾を引き、現在も1国1コミッションが世界の常識であるのに、韓国では複数のコミッションが存在する状態が続いている。
JBCは現在、数あるコミッションの中からKBC、KBM、KBAという3つを認定している。1つではなく3つなのは「1つだけ承認すると、我々が彼らの争いに加担することになりかねない」(安河内事務局長)という事情から。ちなみに東洋太平洋ボクシング連盟(OPBF)はKBMとKBAのみ承認している。