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“12年の片思い”堤聖也はなぜ井上拓真を攻略できたのか? トレーナーが伝えた「(穴口が)上から見ているぞ!」直後に奪ったダウン…激闘のウラ側
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2024/10/16 18:06
「12年間、片思いしていた」という井上拓真を破り、WBA世界バンタム級新王者に輝いた堤聖也。石原雄太トレーナーに激闘の裏側を聞いた
「拓真選手は足と一緒にボディワークも使ってパンチを外していく。ロープ際でもボディワークをうまく使って、お腹をひねって絶対にレバーに当てさせてくれないんです。堤が『お腹まで動いているみたい』と言ってましたけど、まさにそういう感じです。ロープ際であそこまでパンチが当たらないとは思いませんでした」
「絶対に上から見ているぞ!」直後に奪ったダウン
接戦が続きながら、立場の違いが両者の心理に反映していた。泥臭くても、紙一重でも、とにかく勝てれば何でも良かった堤。バンタム級で最も評価の高いWBC王者、中谷潤人(M.T)との統一戦に向けて圧勝したかった拓真。チャンピオンは受け入れがたい「シーソーゲーム」という現実を突きつけられ、焦りと苛立ちを感じてはいなかっただろうか。
互いに決定打が打ち込めないまま、試合は終盤にもつれていく。はたしてジャッジはどちらを支持しているのか。9ラウンドを取られたと見た堤陣営は「ここから3つ取らないとダメだ」と危機感を募らせる。石原トレーナーはここが勝負どころだと感じ取った。
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「10ラウンド前のインターバルでは、前々回の試合の話も出して『絶対に上から見ているぞ!』と声をかけました」
前々回の試合とは昨年12月、日本王者だった堤が穴口一輝選手を迎えた日本タイトルの防衛戦である。激戦の末に堤が勝利を手にしたのだが、穴口選手はこの試合のダメージが原因で2月にこの世を去った。石原トレーナーはこの件について堤と深く話したことはない。それでもそばにいて堤の気持ちは痛いほど分かっていた。
直後の10ラウンド、堤が拓真に襲いかかると、拓真の腰が沈んでロープに座るような形になる。レフェリーはロープがなければダウンだったと見なしてカウントを数え上げる。活を入れた直後のダウンには、石原トレーナーも驚くばかりだった。