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藤井聡太“八冠達成”から1年後「前例は参考にしてないので」再戦で連敗直後、記者の電話に応じた永瀬拓矢の口調は“意外と暗くなかった”…なぜ? 

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大川慎太郎

大川慎太郎Shintaro Okawa

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posted2024/09/26 06:02

藤井聡太“八冠達成”から1年後「前例は参考にしてないので」再戦で連敗直後、記者の電話に応じた永瀬拓矢の口調は“意外と暗くなかった”…なぜ?<Number Web> photograph by Shintaro Okawa

王座戦第2局の終局直後。藤井七冠の勝利に終わった一方で、永瀬九段の語った言葉とは

 藤井の最後の一手は、相手の香の前に角を王手で打つというすさまじいものだった。取られてしまうのだが、自陣の角で取り返した手が王手になり、永瀬玉が詰む。

 なお先手は自陣の角の前にも相手の歩がある。大駒という価値の高い駒が2枚も当たりになっているド派手な投了図は、今年の2月くらいから続いていた不調のトンネルを藤井が本格的に脱した証明のように感じられた。それだけの迫力がある図面だった。

 逆転の余韻を引きずりながら対局室に入った昨年と違い、今年は報道陣も落ち着いていた。 

 主催紙のフラッシュインタビューが始まる。初防衛にあと1勝と迫った藤井はいつものように丁寧に淡々と答えていた。気になったのは永瀬だ。普段よりも声色が暗く、声量もない。最後に第3局への抱負を聞かれた際には、間髪をいれずに「精一杯頑張りたい」と早口で話した。それしかないんですよ、という心の叫びのようにも聞こえた。

電話取材OKをもらった際、重大な決断に気づいていなかった

 感想戦は45分ほどで終了した。

 まだ午後9時前で、最終の新幹線には余裕がある。少し迷ったが、東京に戻ることにした。車内で永瀬に電話取材の依頼をメールで送った。「取材は対局日の夜がありがたいです。眠れないので」と3年ほど前に言われ、それからは対局直後の取材が続いている。永瀬以外にそういう取材態勢を採る棋士はいない。

 すると小田原あたりで返事が来た。取材はOKだが、携帯の電波が悪そうなのでどうしましょう、という趣旨だった。打ち上げは1時間強で終わったという。電波の問題はなんとか解決し、日付が変わる直前に電話取材を始める約束をした。

 自宅への帰路、連敗を喫した永瀬からどんな話を聞けるのだろうと胸を高鳴らせていた。勝敗に関わらず雄弁に語ってくれるからだ。山手線から見える東京の夜景はなぜだかいつもより輝いて見えた。質問は次々と浮かび、スマートフォンにメモをするのが追いつかなかった。だがこの時、永瀬は今後の棋士人生について重大な決断を下しており、この夜が最後の取材になる可能性があるとは1ミリも思いもしなかった。

「前例は参考にしていないので」

 電話に出た永瀬の声は暗くなかった。

【次ページ】 永瀬はどこまでの局面を認識していたのだろうか

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