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池江璃花子「立ちくらみのような症状」は心配だが…「最近は悔しいですとばかり言っている」パリ五輪の言葉から見えた“4年後への覚悟”
posted2024/08/07 11:00
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
Asami Enomoto/JMPA
9日間で6レースを泳ぎ切った。どのレースでも全身全霊を込めて泳いだ。池江璃花子はまたひとつ強くなって自身3度目の五輪を終えた。
7月27日から8月4日まで行われたパリ五輪の競泳。池江は女子100mバタフライの予選と準決勝、混合400mメドレーリレーの予選と決勝、女子400mメドレーリレーの予選と決勝の合計6レースを泳いだ。
19年2月に発覚した白血病を乗り越えて出場した21年東京五輪ではリレー3種目(女子400mメドレーリレー、女子400mリレー、混合400mメドレーリレー)に出場し、決勝進出は女子400mメドレーリレー(8位)のみだったため、泳いだのは4本。今回は東京五輪をしっかりと上回った。
また、パリでは、日本競泳史上最多の7種目に出て合計12レースを泳いだリオデジャネイロ五輪以来となる個人種目(女子100mバタフライ)に出場。ここでの勝負が今回の池江のハイライトだった。
オーストラリアへの拠点変更、苦悩の3年間だった
競泳初日の7月27日に行われた女子100mバタフライ。午前の予選ではスタート台で足が震えるほどの緊張感を味わったと言いながらも、「個人種目はやっぱり違う。みんなこの舞台を目標にやってきて、大げさですけど、ここで水泳の人生が決まる」と語り高揚感に包まれている様子をのぞかせた。
だからこそ、夜の準決勝で敗退し、決勝進出を逃したのは悔しかった。タイムも振るわず、3月の国際大会代表選考会で出した57秒30に大きく届かない57秒79。レース後、池江は「決勝進出という目標と、(リオ五輪に出場した時の)16歳の自分を超えるという目標でやってきたけど、こんな形で自分の個人種目が終わってしまった。すごくショックです」と肩を落とし、目を赤くしていた。
東京五輪からここまでの3年間は、復帰後のベストタイムを更新する喜びを何度も味わう一方で、壁に当たったり気持ちが落ち込んだりする苦しい時間も多かった。
そういった流れの中、昨夏に福岡で開催された世界選手権で思うような泳ぎができなかったことで、昨年の10月からオーストラリアに拠点を移すことを決断。心機一転で厳しいトレーニングを重ねながら自信を取り戻し、今年3月の国際大会代表選考会では「以前の自分がやっと見えてきた」と手応えもつかんでいた。しかし、パリではその力を出せず、決勝に進めなかった。
「拠点を変えて、本当に一生懸命練習してきて、すごく頑張ってきたつもりだったけど、この約1年間の努力って何だったんだろうという結果。悔しい気持ちと、自分に対してなぜ(目標を達成することが)できなかったんだろうという気持ちでいっぱいです」