「あの球は、今で言う『バックドア』。ボール気味のところから、外角ギリギリのストライクゾーンに入ってくる球です。自分には、手の施しようがなかったです」

　清原にとって、同学年の渡辺智男の球は、「あまりにも衝撃的」だった。準決勝敗退。 順風満帆、いや、あらゆる歴史を塗り替えてきたPL学園の4番打者が初めて味わった挫折だった。

「自分が打つものだという大前提で打席に入ってましたからね。渡辺智男にやられるまでは、自信過剰だったかもしれません」

毎日続けた300回の素振り

　大阪・富田林にある合宿所に戻ってから、 即座に清原は室内練習場に向かった。ピッチングマシンの球速を150kmにセットし、18・44mよりも近場に移動させた。昼間に見た渡辺智男のストレートの残像が消えないうちにーー。それが終わってからは素振り。その時、主将の松山秀明が声を掛けてきた。

「松山が『これから毎日、一緒にバット振ろう』と言ってくれたんです。ひとりじゃ、途中でやめてしまうかもしれないから。どっちもさぼらないように、夏の甲子園が終わるまで続けようと」

　全体練習が終わった後、ふたりは体から湯気を出しながら素振りをした。ただし、 漫然と繰り返していたわけではない。ストライクゾーンを9分割し、コースを順番に攻略していく。最高のスイングが出来た時は、バットが鏡に美しい軌道を描いた。その数は1日300回にも上った。

　どんなに体調が悪かろうが、夏の甲子園が始まってからも休むことなく、ふたりの練習は続いた。松山とは合宿所から学校にも一緒に行く仲だったが、85年の春から夏にかけて共に過ごした時間は一生の宝物で ある。

「春の甲子園で、松山は渡辺からホームランを打ったんですが、あれは松山が9番打者だったので、渡辺が手を抜いたからだと思うんです（笑）。でも、ふたりで練習を繰り返したことで、夏には松山が僕の前、3番を打つようになり、しかも決勝の宇部商戦ではサヨナラヒットを打ちましたからね。あれはうれしかった」

　その夏、清原は決勝での2本を含む合計5本の本塁打を放ち、再び全国の頂点に立った。

「伊野商が出てこなかったのは残念でしたが、同じ高知県の高校で、全国でもトップ クラスと評判の高い、高知商の中山裕章君と準々決勝で対戦がありました。2打席目に内野ゴロに打ち取られた後、中山君は自信があったのか、3打席目にストレートの握りをわざわざ見せてきたんです。それを、外野スタンドに放り込みました」  

　どでかい一発だった。それも挫折地点から繰り返してきた素振りの賜物だった。

「プロ1年目から31本の本塁打を打てたのも、あの挫折地点があったからじゃないですかね」

　センバツで味わった屈辱は、清原和博の未来を拓いたのである。