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「フランス人も総立ちで拍手を…」エペ加納虹輝の金メダル“超アウェイの空気”をどう変えたのか?「日本人が2人負けた」地元ボレルを破るまで
text by
齋藤裕Yu Saito
photograph byJMPA
posted2024/07/30 17:50
男子エペ個人決勝で地元フランスのヤニック・ボレルを破り、笑顔で両手を突き上げる加納虹輝。グラン・パレの大観衆は総立ちで拍手を送った
11-15で長年の宿敵に敗れた見延。団体戦に向け「切り替える」と殊勝に語ったレジェンドは少し苦い顔を見せ、こう言い残した。
「どうしても日本人初のメダルを取りたかったんですけどね」
敗れた先輩の思い「虹輝は大丈夫です。やってくれます」
決勝のピストでは先行した加納が突き放せず、1点差で進行していく。日本の得点時には場内に昇華される拍手。フランスの得点には歓声と、鉄製のスタンドを足で叩いて起こる太い地鳴り。
スコアは4-3。記者席の隣のフランス人は拳を握りしめ、「Allez」とつぶやく。どこからともなくフランス国歌の合唱も聞こえてくる。思えば、山田優と対峙した準々決勝もそうだった。
「国歌聞こえました(笑)。もうすっげえアウェイだなって思いますよね。その中で自分のペースではできていたんですけど、『足を突いていけば勝てる』というところを最後の最後で信じきれなかった」
延長戦で惜しくも敗れた山田の敗戦の弁だ。序盤は先行し、9分間15点制の個人戦にあって一時は9-5とリード。優位に進めながらも最後はトリコロールに飲み込まれた。一体、何が起きていたのか。
「足を狙った突きが一度失敗した時に『見切られているよ』という声がしたんです。それは誰かの声じゃなく、心の弱い自分の声。相手も嫌がっていたので、貫き通していけばよかったなと……」
フランスを応援する大歓声の中にあって、山田には声なき声が聞こえた。指の皮が剥けそうになるほど強いパワーで押し込み、ひたすら勝利を信じて向かってくる赤白青の面。その力強さに、30歳の自信が一瞬揺らいだ。あと1点を執念で掴み取れなかった。
敗戦からわずか10分ほど。「ずっと悔しがっていてもしょうがない」という思いから、笑みを交えながら飄々と受け答えをする山田。だが唯一、下を向いた瞬間があった。
「メダル取りたかったなあ……」
日本人が2人負けた。もう1人もこのフランスのエースに決勝でやられてしまうのか。きっぱり言い切った。
「でも、虹輝は大丈夫です。あいつは身長が小さくて、的が小さい。だけど、スピードもあってパワーが強い。日本人の選手で一番パワー強いと思いますよ。ボレルには負けない。虹輝、優勝します。僕の弟分みたいな存在で、よくわかっているつもりです。準決勝のハンガリー選手は厄介ですけど、調子いいみたいですし、今日やってくれます」