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「フランス人も総立ちで拍手を…」エペ加納虹輝の金メダル“超アウェイの空気”をどう変えたのか?「日本人が2人負けた」地元ボレルを破るまで
posted2024/07/30 17:50
text by
齋藤裕Yu Saito
photograph by
JMPA
2度あることは3度ある。フランス語ではこういうらしい。「3のない2は決してない」。では、日本人に2度勝ったフランス人がオリンピックの決勝で日本人と戦ったら? 答えは「ノン」。大勢のフランス人の前で、加納虹輝が教えてくれた。
「歓声は加納の10倍以上」超アウェイのグラン・パレ
フェンシング母国のフランス。その心臓部パリに124年前に建った「グラン・パレ」。男子エペ個人決勝のピストには地元からの熱い視線が注がれていた。日本選手の後に登場したヤニック・ボレル(フランス)。197cm、カリブ海生まれの35歳。フランスの希望を一身に受け、加納の10倍以上の歓声と割れんばかりの拍手が包み込む。
ピストに立った2人に「Allez(行け)!」「ヤニック!」の大合唱。準決勝ハンガリー戦ではグラン・パレに強く響いた日本を応援する声もかき消される。会場全体がフランスの得点を待ち望む。その鼓動の音がなかなか止まない。
一瞬の静寂ののちレフリーから「Allez(始め)」の掛け声がかかり、試合が始まる。靴の底がピストに吸い付く摩擦音、剣がぶつかる金属音が場内に響く。1分以上、お互いに突くことがない剣先で相手を探る神経戦。1点目を奪ったのは、26歳の日本人騎士だった。
長く踏み込んだ右足に加納の剣先が触れる。日本の得点を意味する緑色のライトが灯る。場内が沸く。正確には一部が沸き、大勢は黙り込む。
3回戦でボレルと対戦し散った37歳のベテラン・見延和靖はこう語る。
「ボレルはこれまで何度となく対戦してきて、焦らすとしびれを切らして簡単なミスを出してくれるような選手という印象がありました。ただ今日はとにかく我慢できていて、さすがに気合が入っているなと」
相性の良さに自信を持ち、「メダルは見えていた」と肩を落とす見延。その前に現れたのは過去の大会とは違うフランス人騎士の姿だった。ボレルはこう胸を張る。
「あの開会式から極度の集中状態に入れました。フランスの観客からは信じられないほどの熱意を感じました。たしかに大きな『Allez』という声が聞こえていましたが、それを聞かずにプレーするときもありました。感情を完璧に抑えることはできないですが、『正しい感情』を持つことができた」