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「オマエは決勝には行けないよ」「チームを解散しよう」“日本最速女王”田中希実(24歳)と父に訪れた危機…親子コーチゆえの難しさとは?
text by
田中健智Kenji Tanaka
photograph byAFLO
posted2024/08/02 06:01
ブダペスト世界陸上では得意の1500mで準決勝落ちを喫した田中希実。コーチである父・健智さんとも不協和音が起こった
初日の1500m予選。1組目に出場した希実は、シーズンベストの4分04秒36をマークしたものの、組6着でギリギリ準決勝進出。東京オリンピックでは自信を持って着順を取りにいけたのに、今回は滑り込みで何とか通過したという落差に対するショック。加えて、前年のオレゴンでは各組5着+タイム上位2人が決勝に進めたが、ブダペストからはプラス取りが無くなったことも追い打ちをかけ、彼女は「もう後がない」と追い詰められていたようだ。「行ける気がしない」。希実の口からはそんな後ろ向きの言葉しか出てこなかった。
そして準決勝を迎えた朝、日本選手団のコーチ陣の前でこう言ってしまった。
「オマエは決勝には行けないよ。心が乱れているし、今の時点でもうダメだ」
周りにいたコーチやスタッフは、「今から走るのに何を言っているんだ……」とあ然としただろう。希実は目に涙を溜めていた。彼女はおそらく自信のない自分に対して「大丈夫だよ。行けるよ」と前向きな言葉をかけてほしかったのだろう。だが、本人の気持ちがレースに向かっていない以上、鼓舞するより、現実を受け入れさせるべきだと思ったのだ。
世陸の舞台で起きたディスカッションのズレ
私の視点から見ると、レースが上手くいくと思える日は、お互いに「こう走りたいよね」というレースプランのディスカッションが上手く噛み合っているときだ。そういう日は大抵、私が想像していたプランと本人のやりたいレースが一致して、予想通り、もしくはそれを上回るタイムや結果につながる。
だが、上手くいかない日は、そもそもこのディスカッションにズレが生じてしまう。準決勝の前は、明らかに後者の状況だった。私があえて「決勝に行けない」と言ったのは、ただ突き放しただけでなく、その言葉を受けて、本人が「乗り越えよう」と奮起するのでは――という淡い思惑もあった。しかし、現実はそう甘くない。