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箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
「主人公は、東洋大黄金世代でいえば」…池井戸潤の“箱根駅伝”最新長編を読んだ柏原竜二が「泣きそう」になったシーンとは
text by
NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph byHideki Sugiyama
posted2024/07/17 11:01
「箱根」を代表する山の神、柏原竜二さんは『俺たちの箱根駅伝』をどう読んだのか
柏原 僕は現在の「取材をする側」という立場になったからこそ、一層面白く読めたんじゃないかと思います。2019年から文化放送の「箱根駅伝への道」のパーソナリティを務め、また1月2日、3日は「文化放送 箱根駅伝実況中継」の解説も担当しています。そのために毎年多くの選手を取材する中で、それぞれの背景が見えてきたんです。だから、取材する側としては、作中で「箱根駅伝」中継のメインアナを務めた辛島文三アナウンサーの働きに痺れました。
辛島さんの声も、雰囲気も知らないはずなのに、読んでいると頭のなかで実況中継が聞こえてくるんです。不思議な感覚でした。きっと、本選が始まるまでに辛島という人間の造形について布石が打ってあったから、実況の段になって辛島さんの声が聞こえてきたんでしょうね。
本作ではテレビ中継を担う「大日テレビ」の面々の戦いが活写されますが、実際に「箱根」を取材していると、日本テレビの中継班の働きには驚かされることが多々あります。この選手を伝えるこの一文は、他のメディアでは誰も引き出せていなかった、という光る一行が絶対にある。取材する側のリアリティがあるし、今まで誰も描いてこなかった「伝える」人たちの話があるからこそ、本作は面白いと思います。
――取材を「される」側から、「する」側になって、箱根そのものへの見方は変化しましたか?
柏原 引退するまではそもそも「見方」なんてなかったですね。ただ「走りたい」というだけだった。自分以外のことに興味がないというか……。いまは選手たちに失礼のないように下調べをしますが、現役時代のほうが他の選手のことを知らないです。唯一、大迫傑くんが出てきたときは意識しましたけど、やっぱり意識した時点で「ダメ」になりました。
もともと出身高校が陸上の名門校ではなかったこともあって、知り合いもほとんどゼロ。陸上を引退して、取材を「する」側になって、選手たちが何を考えているんだろう、ということに興味が湧いてきたんです。
大学院進学を決めたわけ
大学院への進学を決めた理由もそこにあります。「箱根駅伝への道」を担当して5年目だった去年が、自分の中で一番成長できていないように思ったんです。
僕らにとっては1年は短くて、「もう誕生日?」って感じだけど、選手にとっての1年は本当に長いし、いろいろなことがあるはず。なのに彼らに対して、僕は取材者としていい働きが出来たか?と問われると、やり切ったと言えなかったんです。
そこで酒井(俊幸)監督に相談しに行きました。そしたら「死ぬまで勉強だと思えばいいんだよ」って。それで大学院へ行ってみよう、心理学を勉強してみようと決意しました。
――富士通に在籍されながら院進を決めたというニュースを見て、何があったのかな?と思っていました。
柏原 伝える側にも成長はあると思うんです。院進が利益につながるかと問われたら、直結はしません。でも、確実に自分の人生が豊かになっていると断言できる。
これまで、選手たちにインタビューをする中で相談を受けても、自信をもって何か言うことが出来なかったんです。「あまり肩ひじ張らないほうがいいんじゃないか」と思っても、それを補強するような理論も、データもなかった。
でも、いまの僕だったら、去年よりもいい助言ができるかもしれない。どんどん競技がロジカルに、科学的になっている今に即した取材を、助言をできるようになりたい。そのためには学び続けないといけません。
毎年必ずやってくる現実の「箱根駅伝」という物語が、いまから楽しみです。
<前編から続く>