箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
立教大監督を解任→実業団選手に転身、上野裕一郎38歳に聞いた「電撃復帰」の真相「ひらまつ病院が拾ってくれた」「立教大の選手に会うと…」
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byTakuya Sugiyama
posted2024/06/29 06:01
立教大学を箱根駅伝出場に導いた上野裕一郎が昨年秋に解任され、「再就職先」として選んだのは、ひらまつ病院(佐賀県小城市)だった。復帰の経緯を本人に聞いた
こんな僕を温かく迎え入れてくれた
「普通は、問題を起こした人とか面倒がいやだから採ったりしないし、逆に辞めさせたいと思うじゃないですか。でも、ひらまつ病院は、温かく僕を迎え入れてくれたんです。それでも最初は、病院内で『ほら、あの人だよ』って言われたり、指を差されたりすることはあるだろうと覚悟していたんです。でも、そんなことも一切なくて、病院内ですれ違うみなさん、笑顔で『こんにちは』『がんばってください』と声をかけてくれて……。人の温かさというか、優しさを改めて感じることができました。この人たちのためにも自分はやらないといけないと強く思いました」
陸上部の福田穣もSNS上で「禊がなんだって言ってる人いるけど、自分が悪いとはいえ、急に職失って、家族もいて次の仕事探すの必死になるに決まってんじゃん」と上野を擁護する声を上げた。しかし、それが火に油を注ぐことになり、福田からは「炎上してしまってすいません」と、上野のもとに謝りの連絡が来た。上野は、「意見してくれてありがとう。巻き込んですまない。今は俺に触れない方がいい。何も良い影響がないから」と伝えた。上野は、自分が復帰したことでひらまつ病院、女子部員や部員たち、そして家族に迷惑が及ぶことを恐れた。
「ひらまつ病院に対して、『何だよ』と思う人もいたと思いますし、女子部員の保護者も『うちの娘に手を出しておいて、もう復帰か』と思ったかもしれません。そこで僕に批判の矢印が向けばいいんですが、それが病院や女子部員や部員、家族に飛び火することがすごく心配だったんです」
上野の懸念とは裏腹に、彼らに誹謗中傷の波が押し寄せるようなことはなかった。
立教大選手に再会して告げられたこと
先日は、嬉しいことがあった。