ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
「ネリは“過去最強の相手”だったのか?」井上尚弥の答えは…敗戦後にはメキシコの母に涙の電話「“悪童”は本気で怪物に勝とうとしていた」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byNaoki Fukuda
posted2024/05/08 17:19
5月6日、東京ドームで4団体統一王者・井上尚弥と拳を交えたルイス・ネリ。初回に“驚愕のダウン”を奪いながらも、6回TKO負けを喫した
それでも井上尚弥にとっての「過去最強」ではなかった
試合前、「死ぬ覚悟で戦う」と口にしていたように、ネリは最後まであきらめず、モンスターに向かっていった。ダウンを奪い、その後は徐々にモンスターに圧倒され、そして力尽きた。井上は試合後、勝利者インタビューでネリについて聞かれ、次のように答えた。
「6年前に日本での因縁があったというのは、自分自身、第2戦を会場で観戦していたのでファンの気持ちはしっかりと自分の中で受け止めていましたが、この東京ドームは井上vs.ネリなのでこの試合に集中していた。なので勝った瞬間は、ネリに感謝という気持ちで握手を求めていきました」
試合翌日、井上にネリの感想をあらためて聞いてみると、少し考えてから「すべて想定内でしたね」と前置きし、次のように続けた。
「ひとつ挙げるとすればもっとパワーがあるのかなと思いました。ただ、1ラウンド目のダウンというのは、ほんとに自分の死角から入ってきたパンチで見えなかった。ひとつ誤算があるとしたら、そこの角度の調整ミスというか、そこだけですかね」
はたしてネリはキャリア最強の相手だったのだろうか。そう問うと、また少し「うーん……」と首をかしげてからこう答えた。
「そうですね、やりやすさ、やりにくさを踏まえても、一番手強いとは言えないのかなと。やっぱり戦う前からスキがすごく多いなという印象があったので、その通りのイメージでしたね」
ゴングが鳴る前、4万3000人の大観衆がネリにブーイングを浴びせた。だが、試合後は多くのファンが退場していくネリに握手を求めた。心温まる光景だった。やはり井上が東京ドーム興行を成功させる好敵手は、この男しかいなかったのだとあらためて思う。ネリは最高の敵役としてその重責をまっとうした。それでもなお、モンスターに「過去最強の相手」と言わしめることはできなかったのである。