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「井上尚弥に勝った男」「消えた天才ボクサー」と呼ばれた林田太郎は今…井岡一翔、寺地拳四朗にも勝利した元アマ王者の知られざるボクシング人生《井上尚弥BEST》
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHirofumi Kamaya
posted2024/05/08 11:02
井上尚弥、井岡一翔、寺地拳四朗という現世界王者3人に勝利した経歴を持つ林田太郎。現在は母校・駒澤大学でボクシング部のコーチを務める
「根は小心者で真面目。でも、体が小さかったので、『舐められたくない』という思いが他人よりも強かったのかもしれません。漠然と筋トレしたり、体を鍛えるのは好きでしたね」
中学2年の夏、父に言った。
「強くなりたいんだけどさ」
土木建築業を営む父は、以前空手に励んでいた。そんな父がボクサーとスパーリングをした際、手も足も出なかったというエピソードを聞かされ、ボクシングジムに通うことを決意した。
選んだジムはキクチボクシングジム。漫画『あしたのジョー』に登場する丹下段平に似た風貌の菊地万蔵が会長を務めるジムだ。入門する日、父が入会金と数カ月分の月謝、計5万円を払っている。自営業で決して裕福とはいえない経済状況を、中学生の林田はよく理解していた。
「えっ、こんな大金、大丈夫かな……。これで絶対に辞められなくなったな」
ジムでの練習は地味で退屈だった。還暦を過ぎた菊地は口癖のように「大事なのは前の手だよ」と言ってくる。基本を徹底し、構えてからの左しか打たせてもらえない。菊地が「ジャブ10」と言えば、左を10発。「左ストレート5」と指示が飛べば、ジャブより強く左を5発叩き込む。打ってはすぐにバックステップを繰り返した。
実戦練習はなく、単純作業の反復。辞めようと思うと、父が大金を払った“あの光景”が頭に浮かんでくる。林田に感化されてボクシングを始めた同級生は、しばらくするとジムに来なくなった。それでも林田はひたすら左を打ち続けた。
「見るからにヤンキー」だった岩佐亮佑との出会い
中学3年になり、菊地から「夏休みは習志野高へ練習に行けよ」と声をかけられた。ボクシングの名門校だ。そこに来ていたのが、のちにアマチュア5冠となる三須寛幸だった。2人はウォーミングアップで校庭10周を走る先輩たちのペースについていけない。「無理だよ」「辞める?」。顔を見合わせながら走る。そんな状況が10日ほど過ぎた頃だった。
「おい、お前たちも中3? 俺、初めてだからよろしくね」