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世界1位のまま25歳で突如引退、全盛期の世界女王はなぜテニス界を去った?「記者会見に赤ちゃん同伴」“天才少女”アシュリー・バーティの今
text by
山口奈緒美Naomi Yamaguchi
photograph byGetty Images
posted2024/04/12 17:03
生涯グランドスラムにリーチをかけながら、世界1位のまま2022年にテニス界を去ったアシュリー・バーティ。天才少女の競技人生を振り返る
ショットの最適解がわかるように
復帰から3年、2019年の全仏オープンでグランドスラム初制覇を果たした23歳のバーティは大きなトロフィーの横でそう語った。10代の頃、誰もが認める多彩なテクニックがポイントに結びつかなかったのは、ショットの選択能力が乏しかったからだという。数多ある選択肢の中から瞬時に判断を下し、効果的なショットを丁寧に組み立てて1ポイントを掴み取るテニスは、難解なパズルのようでチェスにも似ているとバーティは言う。その過程を楽しめるようになり、誤った判断の責任を受け入れる覚悟ができて初めて、プロの世界でバーティの才能は花開いた。
全盛期がコロナ時代と重なったことは、引退の思いがけないタイミングと無関係ではないだろう。2020年の3月からテニスの世界ツアーは男女ともに停止し、8月にさまざまな制限のもとで再開されるが、バーティは年が明けるまでどの大会にも出場しなかった。また、翌年もウィンブルドン優勝のあと全米オープンは3回戦で敗れ、そこでシーズンを切り上げた。これが結果的に翌年の全豪オープン初優勝につながる充電期間となった。
コロナ禍で再発見した家族との時間
10代での経験から、バーティは心の疲労に敏感であり、戦列を離れることに怯えなかった。コロナ禍では全ての選手がストレスを抱えたが、特に南半球からのマスクの長い旅は膨大なストレスを伴ったはずだ。実戦不足というリスク以上に心身の疲弊を恐れたバーティの選択は、結果的に正しかった。そして、コロナ時代にテニスプレーヤーとして生きる中で、家族と過ごす時間の愛おしさをあらためて実感したという。10代の終わりにテニスを離れてテニスへの熱い炎に気づいたように。
ウィンブルドンで自分の夢を叶え、全豪オープンで母国の積年の願いにも応えたバーティが、人生の次のチャプターへ進むことに迷いはなかった。引退から4カ月後に6年来の恋人だったゴルファーのギャリー・キシックと結婚し、その1年後の昨年7月には男の子が誕生している。
敗戦後の会見に赤ちゃんを連れてきて…
記憶に残る記者会見での出来事がある。2020年の全豪オープン、第1シードで臨んだ全豪オープンの準決勝で敗れたバーティは、その記者会見に赤ちゃんを抱いて現れて記者たちを当惑させた。まだ生後3カ月ほどだった赤ちゃんは姪っ子だったが、そこへ連れて来る必要もなければ、そうしなくてはならない事情もなかった。ましてや、勝利後のお祝いムードの中ならともかく、本命の立場で敗れた直後である。