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19歳で妊娠が判明「ゴルフよりも、命を優先したかった」4度目で悲願のプロテスト合格…ママさんゴルファー神谷和奏22歳の挑戦
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph byGetty Images
posted2024/04/03 11:03
4度目の挑戦でプロテストに合格し、今季からステップ・アップ・ツアーに参戦する神谷和奏(22歳)。出産してからの合格は史上初の快挙となった
「お腹を捻じらなくなったら、スイングも逆にすごく良くなったんです。トップでクロスする悪い癖が治って、ショットが安定するようになって」
ゴルフのプレーにおける、うれしい副産物を感じた数カ月後。コロナ禍の病院で元気な女の子を産んだ。「すごくうれしかった。涙が止まらなくて。自分が育てるんだという覚悟ができました」凛と咲く花のように、周りの誰かを笑顔にできるように――愛娘には咲凜(えみり)と名付けた。
人生の大仕事が、それで終わるはずがない。「ネットには『妊娠中の方がラク』って出ていたんです。出産前は『そうかなあ…』って思っていたけれど、ホントでした。大変さに溢れていた(笑)」子育てが本格化する傍ら、神谷はもう一度プロテスト合格という目標に向かって動き出した。埼玉県内の“打ちっぱなし”で、クラブを握り直したのは出産から約1カ月後。「骨盤が緩んで、まったく打てない。何回打ってもダフりが止まらなかった」。
本格的に再開するまでには、まず体の機能を回復させるためのトレーニングが必要だった。“復帰”はそれから2カ月してから。コースでひとり、9ホールを回って記録した「イーブンパーか、アンダーか……」という、さすがの好スコアはさておき、「ゴルフができる幸せを感じた」時間が新鮮だった。
母になって4度目のプロテストに挑戦
打ちっぱなしの練習場の打席脇には、ベビーカーが置かれるようになった。顔見知りのスタッフやお客さんも娘を愛でてくれる。トレーニングの合間を見て、自宅ではネットで拾った時短レシピも駆使しながら、家族の食事も用意する日々……。そして娘が秋に2歳になる2023年。神谷は念願の4回目のプロテストにチャレンジした。「子どもを(家族に)預けてまでやるんだ。絶対に受かるんだ」と意気込みはこれまでで最も強かった。
7月に始まる3ステージ制のプロテストは、「最終」以外は受験会場を選択できる。群馬県での1次を通過した後、2次の会場を三重か広島で迷い、事前に視察に出向いた。長女を千葉の祖父母の家に預け、コーチの幸宏さんとそれぞれのコースを日帰りで往復した。
「呉(広島)には朝の飛行機で、三重には新幹線で行って、(各日)18ホールを回ってすぐに帰りました。娘を会場まで連れて行くと、面倒を見てもらうためにもうひとり連れて行かなくてはいけない。費用はかさむし、仕事も休んでもらわないといけなくなる」
広島で2次を3位で突破し、11月の最終プロテスト会場は岡山。母を含めて家族で民泊していた1週間は、娘の起床前にコースへ。勢いのある10代の選手がリードする戦況を、神谷は冷静に見ていたという。
「私は“別枠”だと思っていた。若い選手はキラキラしている。だから、一歩引いた感覚で『私はコツコツ、後ろの方から頑張ろう』って」。合格ラインとせめぎ合いながら迎えた最終日の最終ホール。「最後のパットで何かが決まると自分で感じていた。これを入れることに、どれだけ意味があることかと感じた」
1mのフックライン。カップの右、外側に、覚悟を持って打ち出したボールが静かに消える。4日間通算5アンダー、19位タイはまさにカットライン上での合格だった。