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大谷翔平効果で中日の「背番号17」が爆売れ中…“そっくりデザイン”に秘めた星野仙一の野望と「入団会見にドジャースユニ混入」の真相は
text by
小西斗真Toma Konishi
photograph byAFLO/JIJI PRESS
posted2024/02/09 11:00
ドジャースのユニフォームに袖を通す大谷翔平(左)と中日・柳裕也(右)
星野監督が築いたドジャースとの太いパイプは、ある意味では球団の歴史にも影響を及ぼした。翌88年はフロリダ州のドジャータウンでスプリングキャンプを張った。この時にそのままフロリダに残留し、ルーキーリーグへの野球留学を命じられたのが山本昌広(現在は昌)だ。当初は「島流しにされた気分」と落ち込んでいたが、当地で生涯の武器となるスクリューボールをマスター。急成長の報告を受けた星野監督は、予定を切り上げて帰国させた。そこから初勝利を含む5勝。悲願のリーグ優勝に貢献し、名球会入りへの礎となった。
入団会見に“混入”の真相
さらに2年後の90年には、何とも貴重な写真が残っている。新人選手の入団会見を撮影した、何の変哲も無い写真に見えるが、よく見ると何と1人だけスペルが「Dodgers」。ドラフト外で入団した富永章敬(あきのり)。もちろん間違いだが、その真相は定かではないものの、当時の事情を知る球団職員によると「今と違ってその選手の背番号入りのユニホームを用意してはいなかった。撮影用に毎年、使っていた中にうっかり紛れ込んだとしか考えられない」ということだった。
地元テレビ局に寄せられた視聴者からの情報で発掘されたお宝写真。柳のレプリカユニホームがバカ売れし、ドラゴンズの埋もれかけていた歴史に再び光が当たる。ちなみに柳は知人から贈られたという大谷のTシャツを所有しているのだとか。それもこれも、移籍フィーバーの余波だと思えば、やはり大谷の影響力はすさまじい。