フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
「非常に危険」の声も…ナゼ欧州王者は“禁止技”バックフリップを使った? あの先駆者ボナリーが語る懸念「大怪我した選手を大勢知っている」
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph byJIJI PRESS
posted2024/01/18 11:01
欧州選手権フリーにて禁止技「バックフリップ」を披露したシャオ・イム・ファ
先駆者スルヤ・ボナリーはどう感じているのか?
「見た目ほど危険ではないんです。やるよりも見ている方が怖いかも」とシャオ・イム・ファ。
「フランス風の味をちょっと付け加えたかったんです」
シャオ・イム・ファの言う「フランス風の味」というのは、スルヤ・ボナリーを意識してのことだろう。彼の前にこの技を競技で演じたのはやはりフランスのボナリーで、1998年長野オリンピックでのことだった。
フリーでボナリーがバックフリップを演じた瞬間、ホワイトリングの観客席からどよめきがわいたことを筆者は昨日のように記憶している。
そのボナリー自身は、今回のシャオ・イム・ファのバックフリップをどう感じているのだろうか。現在ラスベガスでコーチをしているボナリーが、電話で本誌の独占取材に応じた。
ボナリーの思い「観客の記憶に残る何かを残したかった」
「正直に言うと、アダムのことは個人的によく知らないんです。一度だけ顔を合わせたことはあるけれど、言葉を交わしたことはなくて……」とボナリーは少し当惑気味に語り始めた。「バックフリップは今でも禁止技よね?」と確認する彼女に、シャオ・イム・ファが2ポイントの減点を受けたことを告げた。
長野五輪当時はまだ6点満点システムで、禁止技に対する減点基準も曖昧だった。バックフリップを演じたボナリーはSP6位、フリー11位の総合10位に終わった。
「私にとって長野は最後の大会で、怪我もしていたし、失うものはありませんでした。最後に観客の記憶に残る何かを残したかったの。だから演じたことは、今でも後悔していません」とボナリー。
「アダムは減点を受けても勝つ自信があったから、やったのでしょうね。でも(イリア・)マリニンらが相手になれば、彼もそんな余裕はないだろうと思います」
ボナリーのバックフリップには批判の声が大きかった
時代的なものなのか、今回のシャオ・イム・ファには好意的な声も少なくない。米国の放映で解説したタラ・リピンスキーも「結構好きかも!」とコメントしている。だが26年前は、オリンピックの競技中にバックフリップを演じたボナリーに対する批判的な声は大きかった。
「時代的なこともあったし、私が女性だったためもあると思います。ノーマルではないことをやると、女性の方が社会の風当たりが強かったです」
子供の頃から体操とトランポリンでも競技に出場していたボナリーの身体能力の高さは、当時飛びぬけていた。彼女は1990年の欧州選手権で、女子史上初の4回転トウループとサルコウに挑んでいる(いずれも回転不足の認定)。その後、安藤美姫が4サルコウを成功させたのが2002年。ロシアのアレクサンドラ・トゥルソワが4トウループを成功させたのは、ボナリーが初挑戦した28年後の2018年のことだ。
「女子で4回転ジャンプが成功するのに、これほど時間がかかったことには驚いています」と語る彼女のバックフリップは、片足着氷だった。