フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
鍵山優真の振付師「インスピレーションは宮沢賢治『雨ニモマケズ』だった」 ローリー・ニコルが語る「フィギュアスケートの高潔さを守る」使命
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph by提供:ローリー・ニコル
posted2023/12/23 17:02
NHK杯では宇野昌磨を破り優勝を果たした鍵山優真。今回振付師のローリー・ニコルが独占インタビューに応じた
「ユマは純粋さを体現したような人」
鍵山の振付は2020年からやっているが、パンデミック中だったため初めて直接会ったのは2022年の5月だった。
「ユマは純粋さを体現したような人。そして鍵山(正和)コーチが仕込んだ基礎のスケーティングが素晴らしいと思いました。でも当時の彼は、まだそれほどボキャブラリーを持っていなかったんです」
彼女の言うボキャブラリーというのは、表現方法の多様さ、という意味だろう。
「でも彼は、あっという間に吸収していきました。まるでスノーボールが転がりながら大きくなっていくように、急激に成長していったんです」
フリーのインスピレーションは宮沢賢治『雨ニモマケズ』
フリー「Rain, In Your Black Eyes」は、メランコリックな美しいピアノではじまる。淡々としたメロディの繰り返しが、鍵山の端正な滑り、肩甲骨からすっと伸びる腕、関節の一つ一つを丁寧に使った伸びやかな動きを引き立てていく。
このプログラムは、どのようなものを表現しているのか。
「インスピレーションは、ケンジ・ミヤザワの詩『雨ニモマケズ』なんです」
いきなり予想外の名前が出てきて、驚いた。
「どうしてそんな作品を知っているんですか」と聞くと、笑いを含んだ声で「私は色々と勉強しているのよ」とニコルは答えた。一つ一つの動きが具体的なストーリーを語っているわけではない。だが弱いものに寄り添いながら、最後まで諦めない意志の力を表現しているのだという。
「フィギュアスケートの高潔さを守っていく」
「私にとって、フィギュアスケートの高潔さを守っていくというのはとても大切なことなんです」。そういうニコルにとって、もはや振付とは表面的な美しい動きと得点のみを追求していくものではないのだという。
「それは真実か、必然性があるか、正しいタイミングか、そして優しさがあるか。こうしたことを考えながら、振付をしているんです」
ニコルが引用したのは、13世紀ペルシャの詩人ルーミーに遡ると言われている、スピーチの心得とされる箇条だ。鍵山の滑りから、「巧い」「美しい」以上の心に刺さる何かが伝わってくるのは、ニコルのこうした哲学を本人が本能的に理解しているからに違いない。
だが競技として考えると、今の男子は6種類の4回転を跳べるイリア・マリニンのような選手と戦っていくのが現実である。
「アスリートはルールを作るわけではないので、自分がコントロールできることに集中するしかありません。彼自身がなれるベストな自分になってほしいと願うのみです」