フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
鍵山優真の振付師「インスピレーションは宮沢賢治『雨ニモマケズ』だった」 ローリー・ニコルが語る「フィギュアスケートの高潔さを守る」使命
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph by提供:ローリー・ニコル
posted2023/12/23 17:02
NHK杯では宇野昌磨を破り優勝を果たした鍵山優真。今回振付師のローリー・ニコルが独占インタビューに応じた
「私たちにできるのは、優れたお手本を率先して見せること」
フリー「Rain, In Your Black Eyes」でもっとも印象的なのは、後半のクライマックスに差し掛かるコレオステップである。まさに氷と、ブレードと鍵山の身体が一体となり、波が押し寄せて盛り上がってくるかのような迫力を醸し出す。
「あのステップが、どれほど難しいのか、全ての人に理解できるわけではありません」
ニコルは、ジャッジに対する不満とも受け止められる言葉をポツリともらした。
「でも私たちにできるのは、優れたお手本を率先して見せることのみです」
パンデミック前は、ISUの依頼で国際ジャッジたちにコンポーネンツのセミナー講師もやっていた。
「ベテランの優れたジャッジたちが引退して行ったのは残念ですが、若いジャッジたちも学ぶことに真剣です。私のセミナーを聞いて涙ぐんでくれた人もいます。大会の前夜は緊張で眠れないという人もいるほど、真摯に向き合ってくれているので」
コストナーのコーチ就任のきっかけ
今季からニコルの愛弟子であるカロリーナ・コストナーが鍵山のコーチに就任したのも、彼女が振付のアシスタントをしたことがきっかけだった。
「カロリーナは私の振付を深く理解してるので、私の代わりに氷の上に立って指導をしてくれました。彼女とはもう長い間一緒に振付作業をしてきたので、視線をちらりと交わすだけで、こちらの意図をすぐに理解してくれるんです」
春のイタリアでの合宿の後、鍵山からコストナーにコーチの依頼が行ったのだという。
「鍵山コーチはとても礼儀正しく、理解力が深く、オープンな人です。一方カロリーナはこの前まで現役でしたので、選手の気持ちがよくわかる。誰も気が付いていないところまで、彼女は細やかに配慮してフォローしています。鍵山センセイとカロリーナは、素晴らしいコーチチームだと思います」
フィギュアスケートの“スポーツと芸術”
イタリアの合宿中には、不思議な運命を感じたこともあった。
ニコルがコストナーと一緒に鍵山のエキシビションの作品を振り付ける際に、ジュール・マスネによるオペラ「ウェルテル」のアリアを選んだ。「ここはイタリアだからオペラの公演をしていないかと調べてみたら、何とベローナで44年ぶりにこの作品を上演中であることがわかったんです」
早速鍵山と同行して、見に行ったのだという。
「ユマにとって、オペラを生で見るのは人生で初めてだったんです。彼はほとんど身動きせずに、食い入るように最初から最後まで見ていました」
スポーツであり、同時に芸術であるといわれるフィギュアスケートでも、ニコルほど芸術的な理解と教養が深い振付師は稀有で貴重な存在だ。そのニコルに惚れ込まれた鍵山優真が、この先どのようなスケーターに育っていくのか、楽しみである。