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ボクシングPRESSBACK NUMBER
「予想は井上尚弥選手のKO勝ち。でも…」タパレスに敗れて引退、勅使河原弘晶が明かす“特別な感情”「タパレスは僕の夢を全部奪いましたから」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byUhyon Cho
posted2023/12/25 11:03
今から2年前の2021年12月、東洋太平洋スーパーバンタム級王者としてタパレスに挑んだ勅使河原弘晶。井上尚弥のスパー相手も務めた勅使河原に話を聞いた
最初の1分半くらいしか記憶はない
勅使河原は引き込むように戦っていたタパレスの一撃を食らってフラフラになってしまう。警戒していたはずの右フックだった。追撃でダウン。何とか立ち上がったもののダメージは深刻だ。辛うじてゴングに救われたが、インターバルでコーナーに戻ってくると目の焦点が合っていない。加藤トレーナーは指示も出せず、できるだけ回復させるのがやっとだった。
完全に記憶の飛んだ勅使河原は2ラウンド開始のゴングに応じるものの、再び右を食らってキャンバスに崩れ落ちる。レフェリーは迷わず試合終了を告げた。KOタイムは2回6秒。世界チャンピオンになるためだけに生きてきた勅使河原の夢は、その一歩手前であっけなく散ったのである。
「最初の1分半くらいしか記憶はないですね。あとから映像を見て、ダウンから立ち上がったときに、レフェリーに『イッツオーケー』って言ってるんですよ。英語、しゃべれないのに」
テッシーはここで終わるような男じゃない
試合を終え、リモートで日本メディアの取材に応じ、勅使河原はチームのメンバーとともにイン・アンド・アウト・バーガーへ食事に出かけた。気がつくと、シートに座りながらうとうと寝てしまったという。
「試合が終わったあとはいつも興奮して24時間とか寝られないんです。でもあのときは寝てしまった。自分の中でもう終わったと感じていたんだと思います。加藤さんにホテルの部屋まで連れて行ってもらって、そのとき『テッシーはここで終わるような男じゃない』みたいなことを言ってもらったんです。加藤さんのことは兄貴のように慕っていたので、心に響きました。それで加藤さんのために続けようかとも思ったんですけど、やっぱり心がついていかなくて。でも、最後は一切妥協せずに練習してあの結果ですから、まったく悔いはありませんでした」
オレ、こんなところで何やってるんだろう
ボクシングを離れ、1年間は好きなことをして遊んだ。そんなとき、現役時代に応援してもらっていた経営者から、マレーシアに寿司屋を出店するからそこの店長にならないか、という話をもらった。寿司に興味はなかった。包丁を握ったこともない。海外に住んだ経験もないし、英語もできない。それでも、いや、だからこそ、勅使河原は「チャレンジしがいがあるのではないか」と考えた。経験ゼロでスタートしたボクシングだって気持ちだけであそこまでいけたんだから、やってできないことなんてない。こうして寿司職人になるため、銀座の高級寿司店で修業を始めたのである。