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プロ棋士になるため、27歳で無職に…小山怜央が振り返る「3回目の受験」「不安の第一はお金のことだった」 

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小山怜央

小山怜央Reo Koyama

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photograph byJIJI PRESS

posted2023/12/24 06:06

プロ棋士になるため、27歳で無職に…小山怜央が振り返る「3回目の受験」「不安の第一はお金のことだった」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

今年4月にプロ棋士となった小山怜央。本人が棋士編入試験資格を得るまでを振り返る

 会社を辞めた2021年の4月末、私の対プロの成績は6勝4敗だった。これを棋士編入試験の受験資格が得られる10勝、勝率六割五分にしなければいけない。

 4月に竜王戦の準決勝で長谷部浩平四段(当時)に負けた後、次の対局は次の年度の第35期竜王戦6組の予選、加藤桃子女流三段(当時)戦だった。これが同年の12月8日のこと。およそ8カ月ぶりの対局だった。この対局には勝利できたが、次の2回戦の大平武洋六段戦に負けて7勝5敗となった。しかし2022年7月9日に行われた第16回朝日杯将棋オープン戦の一次予選1回戦で岡部怜央四段に勝利。続く2回戦で戸辺誠七段にも勝ち、2022年9月13日、私は9勝5敗の成績になっていた。

相手は同じ東北出身の中川大輔八段

 この日に行われる朝日杯将棋オープン戦一次予選、中川大輔八段戦に勝利すれば、10勝5敗となり、棋士編入試験の資格が得られる。私が得た初めてのチャンスだった。ここで負けると、必要な勝率の関係でまた2つ、3つの勝ち星が必要になる。なんとか決めたいという思いが強かった。

 10時に対局開始。中川先生は宮城県出身。同じ東北出身ということで昔からお見かけする機会も多かった方だった。盤を挟んで座ると、登山で鍛えておられるという体も逞しく独特の雰囲気を感じた。

終局後の中川八段からの言葉

 将棋は、横歩取り模様から、中川先生が2三歩戦法というちょっと珍しい作戦を採用された。これに対する作戦がうまくいき、快勝ともいえる内容で勝つことができた。感想戦が終わったとき、中川先生が「東北の星だからがんばってね」と声をかけてくださり、嬉しかったことをよく覚えている。

 終局後、将棋会館の一室で、いろんなメディアの方から取材を受けた。

 棋士編入試験の資格を得たことについての感想を聞かれたが、まずはほっとしたと口にした。それが本音だった。嬉しいというよりも、具体的な成果が得られたことで、とても安心した。そして資格を使って試験を受けるのかという問いかけには、前向きに検討しますと答えた。

 プロ棋士になるために会社を辞めていたので、もちろん心の中で答えは決まっていた。しかしそれは、師匠に直接会って報告してから公表したいと思っていた。

棋士編入試験の資格を得た要因は?

 取材後、午後からもう一局指した。朝日杯将棋オープン戦一次予選の決勝。相手は井出隼平五段。一局目は千日手となり指し直しの対局に勝利して、一次予選を突破した。

 終局したのは夕方5時を過ぎていた。長い一日だったが、あっという間の一日でもあった。

【次ページ】 師匠にランチで報告

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