Sports Graphic Number SpecialBACK NUMBER
[エースの138球]山本由伸「“辺境”から駆け抜けて」
posted2023/11/10 09:04
text by
佐藤春佳Haruka Sato
photograph by
Kiichi Matsumoto
この3年、球界の投手タイトルを独占した男が、恐らく国内最後となる登板を完投で締めくくった。万年Bクラスにいた球団で一歩を踏み出し、トップへの道を切り拓いた25歳の歩みは続く。
京セラドームを包む手拍子が、高鳴る鼓動のように大きく膨らんでいく。
「9回のマウンドに上がるバファローズのピッチャーは……」
アナウンスとともに場内に流れ出したのは、エースの登場曲「Frontier(フロンティア)」。最後までマウンドに立ち続ける投手に捧げられる特別な演出の中、山本由伸は大歓声を味わうように、ゆっくりとマウンドに歩を進めた。
渾身の力を振り絞り、糸原健斗を157kmのストレートで空振り三振に打ち取る。1死から走者を許すも代打・渡邉諒を3球で見逃し三振。そして投じた138球目、近本光司のセカンドゴロが27個目のアウトになるのを見届けると、エースは右膝をついたまま、慣れ親しんだ本拠地の天井を見上げて拳を突き上げた。
「終わった、と思って……最後は出し切っていたので良かった」
阪神打線に9安打を浴びながら1失点で凌いだ完投勝利。2回にノイジーに先制ソロを浴びるなど立ち上がりは苦しんだが、5回以降はフォームを微調整しながら無駄な力を抜き、ストレートを中心に三振を奪いピッチを上げていった。
球数が100球を超えた7回の投球後、ベンチ裏で中嶋聡監督から声をかけられた。
「今日はリミットはないから」
指揮官からの絶大な信頼の証。この日本シリーズで、そして日本球界で最後となる登板への餞でもある。全ての思いを胸に抱えてエースは腕を振り、9回を投げ切った。