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将棋PRESSBACK NUMBER
天を見上げた永瀬拓矢の目は、充血していた…記者が見た“テレビに映らなかった”八冠誕生の瞬間「10-0から逆転がある…将棋は残酷だ」
posted2023/10/18 06:01
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph by
Keiji Ishikawa
何度か天井を見上げる永瀬王座の目が…
《10月11日、終局後:永瀬王座の目と、思い出す野月八段の言葉》
永瀬拓矢王座と藤井聡太竜王・名人が相まみえた王座戦第4局は、最終盤での衝撃的な逆転劇で後手番の藤井竜王・名人が勝利した。
終局直後のインタビューは対局室の構造上、記者陣が藤井竜王・名人の背中越しに聞く形となった。それぞれのコメントを取材ノートにメモする人、耳を澄ませて聞こうとする人がいる中で……藤井竜王・名人の肩越しから見えるのは、何度か天井を見上げる永瀬王座の姿だった。
さらにその目は、充血していた。
1分将棋による極限の集中がほどけたゆえか、第3局に続いて目前で勝利を逃した悔しさでほとばしる感情か。本人のみぞ知るところではあるが――自らを制御して対局を振り返る声は、勝利した1局目の終局後とほぼ同じ抑揚に聞こえた。
永瀬王座は、努力する天才が集う将棋界にあって、人一倍研究に打ち込むことで知られる。そんな姿勢に“軍曹”の愛称で多くの将棋ファンを持つ。打ちひしがれてもおかしくない残酷な敗戦直後も、その姿勢を貫く立ち振る舞いには、感服するほかなかった。
10-0だったとしても、逆転負けがあるのが将棋
そんな永瀬王座の姿とともに同時に思い出したのは十数年前、筆者が棋士の取材をし始めた頃のこと。サッカー好きで知られる野月浩貴八段に「将棋の醍醐味・恐ろしさは何でしょうか?」と質問すると、こんな例え話をしてくれた。
〈サッカーで前半に2点を取って、追加点を挙げて3-0でアディショナルタイムに入れば“勝ち”が確定した状況ですよね。ただ将棋の場合、内容的にそれくらいの差……極端に言えば10-0だったとしても、一手間違えてしまえば逆転負けを喫することがあるのです〉
永瀬への拍手は八冠と同等かそれ以上
その逆転劇が将棋界の歴史に残るであろう一局で……それも1分将棋という状況だからこそ起きたという、残酷な競技性を思い知らされた。