甲子園の風BACK NUMBER
慶応が極秘に行っていた「キモい大作戦」…選手が明かす“劣勢でも不敵な笑み”の真相「ホームランを打たれても拍手してました」
text by
齋藤裕Yu Saito
photograph byNaoya Sanuki
posted2023/08/30 06:00
さわやかにプレーしながら優勝をつかみ取った慶応。じつはその笑顔の裏で「ある作戦」が遂行されていた――
そもそも慶応が「エンジョイベースボール」を部訓として掲げていることがその一因と言えるだろう。膝のケガに苦しんだサードの福井直睦が「練習に行きたくないと思ったことは一度もない」と断言するほど、選手たちは野球を楽しむことを信条としてきた。その素地があるからこそ、思わず萎縮してしまいそうな逆境でも「キモい大作戦」として相手のプレーも称えるような姿勢を堅持することができたのではないだろうか。
加えてこのチームは「高校野球の常識を変える」と監督が明言してきたように、常識に囚われることを良しとしない。投手陣のまとめ役だった3年生の松井喜一はこんな言葉を口にしていた。
「慶応の新しい野球を世間に見せつけようという気持ちで一年やってきた」
大村主将もこう語っている。
「高校野球の常識を変えたい、そのために日本一になりたいと言ってきて、全然ダメじゃんと言われたり、笑われることもあった」
今回の取材で計5人の選手の話を聞いたが、全員が入学前に監督の書籍『Thinking Baseball』を読んだと回答。監督が掲げる「常識を変える」という信念がチームの根底にあるからこそ、突飛に思える作戦も「笑われても構わない」と有効性を信じて実行できたのではないだろうか。そうして実際、劣勢において必死の形相で相手を睨むでもなく、時に不気味さを含んだ笑顔のまま慶応は高校野球の頂点に立った。
安達の表情が一変した瞬間
「笑顔が素敵ですね」
15時50分。安達は女性記者からそう褒められ、顔をほころばせている。加えて「これからは華の高校生活が待っていますね。日吉祭(10月下旬開催の文化祭)もあるし……」と問われると、食い気味に「そうですね」と応じ、こう答えた。
「期待してます(笑)。慶応高校は男子校なのであんまり出会いもなく……。とはいえ、今年は来る人が増えるかもしれませんけど、全員、丸田狙いじゃないですか(笑)」
部内での「盛り上げ役」同様、質問する側を時に笑わせながら取材に応じてくれたムードメーカー。取材時も笑顔を絶やさない。そんな安達の表情が引き締まった瞬間があった。それは将来について尋ねられたときだ。
「大学でも野球を続けようと思っています。3年生は慶応(義塾大学)に進学して野球をやるヤツも多いと思うので、みんなでまた日本一になれるように頑張りたいです。個人としては、高校ではつかめなかったレギュラーを大学では獲りたい、です」
高校野球はあくまで通過点。これもまた、森林監督が強く主張し、選手も共感している考えのひとつだ。
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