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「泣くな! この悔しさを忘れるな」17歳の村上宗隆は声を張り上げて…スラッガーを育てた“最後の夏”と大粒の涙を見せた”ただ一人”の相手 

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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photograph byHideki Sugiyama

posted2023/08/24 11:01

「泣くな! この悔しさを忘れるな」17歳の村上宗隆は声を張り上げて…スラッガーを育てた“最後の夏”と大粒の涙を見せた”ただ一人”の相手<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

村上宗隆の原点は、高校時代の鍛錬にある

 表彰式が始まるまでのわずかな時間に村上はダグアウトの裏に消え、数分経つと戻ってきた。坂井は「泣きよったかのう」と主将のことを思いやった。戻ってきた村上は、後輩たちに向かって声を張り上げた。

「泣くな! 相手のヒーローインタビューをちゃんと見とけよ。この悔しさを忘れるな」

「終わっちゃったな」

 相手の歓喜を間近に見なければならない表彰式は、敗者にとって残酷なものである。それが終わってからも、田尻と村上だけは球場に残ってマスコミの対応をしなければならなかった。ようやく大人たちから解放されると、ふたりは自転車に乗って、みんなが待つ九州学院のグラウンドへ向かった。風を切って自転車を漕ぎながら、村上が田尻に声をかける。

「終わっちゃったな」

「……。終わっちゃいました」

「いままで、ありがとうな」

 グラウンドに戻ると、部員たちがキャプテンの言葉を待っていた。そして村上は取り乱すことなく、部員の前で話し始めた。

「みんな、よう頑張ってくれた。ありがとう。3年がダメだったけん、負けた。気にせんでいいけん」

 こうして九州学院のキャプテンとしての村上の仕事は終わった。もう、この先の大会はない。突然、望んでもいない夏休みが訪れた。

 だいぶ日が西に傾いていき、部員が三々五々帰っていく。田尻はなんとなくグラウンドを離れがたい思いがしていた。ふと、ダグアウトの方を見ると、村上がこちらに背を向け、監督とふたりきりで向かい合っていた。

 坂井の前に村上が腰を下ろした。

「どうした、ムネ?」

 決勝戦に関していえば、坂井には後悔の念が生まれていた。この試合、結果的に村上は3三振を喫した。それは村上の「自分が打たなければ勝てない」という思いが、重圧へと変わってしまったからではないか。

【次ページ】 監督の前で見せた悔し涙

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