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格闘技PRESSBACK NUMBER
最愛の息子の死、そして難病…ヒクソン・グレイシーは過酷な運命をどう受け止めたのか? 旧知のカメラマンに届いた“あるメッセージ”
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph bySusumu Nagao
posted2023/08/19 17:02
パーキンソン病を患っていることを公表したヒクソン・グレイシー。長男の死や病魔といった苦難に、“最強の男”はどう向き合ってきたのか
「私は自分の人生において、すべての準備ができています。自らの過ちだけではなく勝利も、身の回りに起こるあらゆることを受け入れているので、今日も幸せです。病を患ったことで、自分の年齢と現実に目を向けることになりました。手の震えや特定の運動障害など、以前にはなかった症状があります。それでも、この病気になったことについて、驚いてはいません。これは私が正しい方向へ向かうための神からの贈り物だと考えています」
ヒクソンは新たな試練を「神からの贈り物」として捉えている。このタイミングでパーキンソン病を公表したのは、同じ病気で苦しんでいる人に対して、エールを送ることが目的だったのではないだろうか。
「私は息子の死を乗り越えていない」
2012年の秋、ヒクソンが著書のプロモーションで来日した際、格闘技を黎明期から見続けている作家との対談が行われた。旧知の仲であるその方が、対談の前にこう言った。
「長尾さん、もし可能だったら、ヒクソンに亡くなった息子さんのことを聞いてもらえませんか? もちろんヒクソンが嫌がったり、そんな雰囲気じゃなかったら、無理に聞く必要はないけれど……」
ヒクソンの最愛の長男であるハクソン・グレイシーが2001年に他界してから、10年以上の年月が経っていた。彼の著書にもハクソンのことが書いてあった。一通りのインタビューが終わり、雑談をしているとき、私は通訳を通さずにヒクソンに質問した。
「ハクソンが亡くなってから随分経ちました。あなたは息子の死を、どのように乗り越えたのですか。なぜ、ふたたび立ち上がることができたのでしょうか」
ヒクソンは一瞬だけ表情を曇らせながらも、慎重に言葉を選びながら答えてくれた。
「実のところ、私はハクソンの死を乗り越えていない。立ち直ることもできていない。彼がもうこの世の中にいないという事実を、ありのまま受け止めているだけなんだ。人間は色々な困難に直面する。自分の力ではどうしようもできないこともある。だから、そんなときは無理に乗り越えようとしないで、現実を受け入れて生きていくことしか、我々にはできない」