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格闘技PRESSBACK NUMBER
最愛の息子の死、そして難病…ヒクソン・グレイシーは過酷な運命をどう受け止めたのか? 旧知のカメラマンに届いた“あるメッセージ”
posted2023/08/19 17:02
text by
長尾迪Susumu Nagao
photograph by
Susumu Nagao
2023年6月、パーキンソン病を患っていることを明かしたヒクソン・グレイシー。無敗のままキャリアを終えた“伝説の格闘家”は、負けられない戦いや過酷な運命とどのように向き合ってきたのか。30年来の親交があるフォトグラファーの長尾迪氏が、過去に撮影した写真とともに、ヒクソンの知られざる素顔をつづった。(全2回の2回目/前編へ)
「お前は撮り続けないといけないんだ」
2014年12月22日、私はヒクソンから「ナガオ、話がある」と声をかけられた。それは息子のクロン・グレイシーのMMAデビュー戦の前日だった。彼は真正面から私の目を見ながら、こう話し始めた。
「残念ながら、私はプロの試合からは引退してしまった。明日からはクロンの時代になる。私を撮影したようにクロンを撮影してほしい。だが、彼がトップに立つまでには少なくとも数年はかかる。だからずっとリングサイドで撮影を続けてほしい」
ヒクソンは続ける。
「クロンだけじゃない。才能あふれる若い格闘家が、世の中にはたくさんいる。ナガオが撮らなくて、誰が彼らの雄姿を撮るのか。お前は撮り続けないといけないんだ」
カメラマンとして、生涯現役を決めた瞬間だった。
当時の日本の格闘技界は、完全に“低迷期”と言っていいほど冷え切っていた。私も50歳を過ぎて体力は衰え、老眼鏡を必要とする年齢に達していた。この先もリングサイドで撮影を続けるかどうか、その岐路に立たされていたのだ。このことは誰にも相談したことはなかった。だが、その苦悩を見抜いたがごとく、ヒクソンは「撮り続けろ」と言ってくれた。彼から受けた激励は、現在も撮影の原動力になっている。
難病という試練も「神からの贈り物」
ヒクソンは自身のパーキンソン病の症状についても率直に話している。“最強”と謳われた男にとって、思うように身体が動かせなくなることは受け入れがたい苦痛なのでは――しかし彼の口から語られた言葉は、そんな杞憂を吹き飛ばすものだった。