- #1
- #2
Number ExBACK NUMBER
「日本人があの舞台にたどりつくために必要なのは…」 “NFLに最も近づいた選手”が語った「身体能力でも、英語でもない」ある要素とは?
text by
山崎ダイDai Yamazaki
photograph byKanta Takeuchi
posted2023/07/18 17:01
アメフト引退後の木下は、ロス五輪を目指してフラッグフットボールの普及につとめている
アメリカ人と”同じ実力”では勝負できない
木下がそう語る理由はアメリカにおけるNFLというリーグの立ち位置にある。
「いまでもアメフトはやっぱりアメリカで人気No.1のスポーツです。もちろんバスケにしろ、アイスホッケーにしろ、野球にしろ、他のスポーツもめちゃくちゃ大変だと思うんですよ。でも、アメリカである以上、アメリカ人が最高峰として最初に目指すものがNFLなんです。そういう中で向こうの高校や大学に行ってしまうと、言ったら何万人ものアスリートの中に埋もれることになる。同じ土俵には立てるかもしれないけど、そのなかで群を抜くにはとんでもない能力が必要になる。アメリカ人選手と同じ実力だったら、現状ではリスクを背負ってまで日本人を取りませんから」
トライアウト、ドラフトともにそこには険しい壁が存在する――。木下を含め、これまで多くが挑んでもなお、ひとりの日本人もたどりつけなかったのには、やはりそれなりの理由があるのだ。
では、木下が考える「日本人がNFLにたどり着くために必要な要素」とはなんなのだろうか?
「身も蓋もないですけど、端的に言えば“目立つこと”だと思います。注意してほしいのは、これはアメフトのプレーだけの話ではないんです。例えば200㎝、120㎏で40ヤードを4秒4で走れる日本人なら正攻法でもいい。でもなかなかそういう選手はいないわけです。そうなると、トライアウトで選ばれたり、ドラフトにかかるためにはプレー以外で“目立つバックボーン”が絶対に必要なんです。もちろんプレーの実力があることは大前提ですが、実力だけでドラフトにかかろうとするととんでもないレベルじゃないとダメですから」
プレーで活躍することはあくまで必要条件であり、十分条件ではないのだ。その上でスカウトたちの目を引くには、周りの選手に埋もれない、目を引く要素が必要になる。
それは例えば100mを9秒台で走る陸上の日本チャンピオン。NPBのドラフトにかかるレベルの野球選手。スポーツの世界以外ならば、何かビジネスで成功して強力なスポンサーがバックにいる……というようなことでもいいのかもしれない。
「ただ早くアメリカに行ったら良いということでもない」
「いま相撲界を離れてNFLへの挑戦を表明しているアマチュア横綱の花田秀虎君みたいな選手は好例ですよね。『日本のヨコヅナが挑戦してくる』とスカウトも目を向けやすい。逆にそういう特殊な実績がないのであれば、ただアメリカに早くいったから良いというものでもないと思います。
むしろ例えば向こうの大学リーグでスターターになったのに、あえて日本に帰ってきてからまた挑戦……とかいう風になった方が、『コイツはなんでわざわざ日本になんか行ったんだ?』と、チームの目に留まる可能性は高いような気がします」
繰り返しになるが、あくまでアメリカのトップレベルで戦えるアメフトの能力があるのは大前提での話になる。その上で、それとは異なる手段で突出しなければならない。木下の挑戦からは、NFLという世界でパイオニアになるための壁の高さが垣間見えた気がした。
一方で、日本の第一人者である木下自身にも指導者として直接、後進の選手を育てたいという気持ちがないわけではない。
ただ、それには確固たる覚悟が必要なのだという。
「僕、現役時代にアメフトを楽しくないと思ったことは一度もないんですよ。それでもあのNFLの1カ月のサマーキャンプを“もう一回”は本当にキツイ。あれを5年とか10年続けるのは、ちょっと考え難い厳しさがあります。
ああいうところに耐えうる選手を育てようと思ったら、生半可な状態では無理なんです。教える方も、挑む方も、覚悟を持ってやらなあかん。普通の人間があの1カ月のキャンプに挑んだら――心と体が壊れてしまうと思いますから」